#12 解雇ですか?
「そ、そういうわけで――コンビニ強盗です!」
「何がそういうわけで、だ。小説家として言わせてもらうが、お前の発言ははっきり言って意味不明だし、理解不能だ。良いか? そもそも強盗っていうものは、宣言なんかしないし、エミチキンをきちんと購入して美味しそうに食べることもしない」
俺が古座駅前店でアルバイトを始めてから、二週間程度が過ぎた。相変わらず俺は新作小説を書き上げていないが、コンビニ勤務の方はマドカたちの手助けもあり、少しずつ手馴れてきた感覚がある。しかし、しかしだな――
「うふぇふぇ……ツラッ……」
コンビニアルバイトというものは、意外とやることが多かった。この小さな店舗の中で展開される数多のサービス。はっきり言って、俺の許容範囲を超えている。
特に――レジに明らかな長蛇の列ができているのに、我先にコピー機のやり方を教えろと言ってくる理解不能なお客様。古座駅前店は、レジの数だけしか店員はいない。その状況で、目の前のお客様の行列を放置して、わざわざコピー機に行けるわけがないだろう。分身しろと? 俺に忍者になれっていうのか。無理、無理。俺は小説家だぞ。
俺のような新人店員は、コンビニエンスストアという劇場でプログラム通りにしか動けない舞台装置のような存在だ。その舞台装置が、思いやりを持つ余裕なんて無いのだ。
勘弁してほしい。コンビニエンスストアという場所は、店員が何でもできるわけではなく、お客様自身がコンビニのサービス全般を理解し、使いこなすくらいの勢いでいてほしい。担当していない業務に関わることとか、知るわけがないだろう。入っているシフトと違う時間帯の業務を俺に聞くな。最終的には「あなた店員でしょう? 何で知らないの?」とか、「あなたのために言ってあげているのよ!」とか、ああ、もう無理だね。
コンビニ店員だって人間だ。知らないものは知らないし、できないことはできない。俺はそれを思い知ったね。だからお客様とは人間同士、対等に対応することにした。
「そもそも、だな――」
エミリーマートの社訓の一つに、こういうものがある。
『あなたを笑顔に、エミリーマート! お客様の笑顔が店員たちの笑顔に繋がる! それ故に――笑顔になるつもりがないお客様、いわゆる
この心掛けを店長から聞いて、俺は少し楽になった。幸いにもいわゆる悪客様は数える程度にしか来ないし、そういう悪客様に限って、常連ではないことが多いという事実に気が付いたので、新人店員は新人店員なりに、まずは常連のお客様には失礼がないように努めることにした。せっかく以前から利用していただいているのに、俺のせいでこの店に来なくなったら流石に責任を感じてしまう。
前置きが長くなったな。いや、長すぎたか。
「俺が言いたいことは、この目の前のコンビニ強盗を常連としてカウントするか、それとも悪客様として対応するか――悩ましいということ」
「独り言が長すぎます! やはりあなた、危ない人です!」
「堂々と強盗を宣言するお前も、十分危ない人だぞ」
「見習いとはいえ私はギャングスタです! 危なくて当然です!」
「お前が目指すギャングスタの基準がよくわからないが――この二週間、コンビニ強盗未遂の相手をすることにもそろそろ飽きてきた。もう秋田? 山形! って、叫びたくなる程だよ。もしかしてお前、本当は強盗なんかする気、無いだろう?」
「な、何を言っているのですか! 私は――」
「じゃあ何で、今日みたいにエミリーがいない日は、そんな寂しそうな顔するんだよ?」
この二週間、こいつと遭遇してわかったことがある。
それは、エミリーがシフトに入っていない時は、どこか寂しそうに、あるいは不満そうな顔を浮かべて、エミチキンを購入して、帰っていくということ。
ロコのヤツ、本当はただエミリーと友だちになりたいだけなのではないか。
「我が首領様の周りには、どうも人が集まりやすい」
それこそがエミリーが持つ、不思議なカリスマ性なのかもしれない。秘密結社の首領には必要不可欠な素質であるといえるだろう。
「ムカムカの、極みです」
ロコは一旦、レジカウンターから立ち去ると店舗の奥へ向かった。おい、その先の売り場は――何をする気だ? 場合によっては、流石に相応の罰をロコに与えねばならない。
「酒の缶なんて持って、何の真似だ?」
「買います!」
「ハッハー! それはダメだね。君、未成年だもの」
店長のトーリさんが事務所から出てくる。防犯カメラで、見張っていたようだ。
未成年に酒類を提供した場合、この店舗における酒類の販売ができなくなる。販売停止処分を受けてしまうのだ。酒類を販売するための許可が取り消されてしまうということ。
この店舗の壁にも、その許可証がしっかりと掲示されているが、それが無効になる。つまり、酒類で賄われている利益の一部が失われるということ、そしてこの店舗の信用も失われるということだ。当然だ、ルールを守れない店を、誰が信用するというのか。
「私はギャングスタになるんです! このくらいの悪いこと――」
「未成年飲酒は、やめとけ」
きっと今の俺の顔は――すごいことになっているだろう。眉間に皺がすごく寄っているに、違いない。昔のことを思い出して、イライラしているのだ。
「ルールを守らずに酒を飲んでも、ロクなことにならないぞ。大人でも、泥酔して借金背負わされるヤツだって存在するんだ。お前みたいなガキが飲酒? ふざけるな」
「う、うるさいですよ! 私は悪い人間になるんです!」
自分でも、情けないヤツだと思う。
俺はただ、酒の席で泥酔して、借金を背負わされた父親のことを思い出しているだけだ。ロコに対してのこの怒りは、八つ当たりに近いものであろう。彼女のための怒りとは断言できない。
でも、何故だろうな。彼女に悪人になってほしくない自分がいた。そりゃそうだろう、我らが結社、その首領の友人になってくれるかもしれない少女を悪に染めたくはないから。
「ロコ。何故そこまでして悪になろうとする?」
「い、言いたくありません!」
「言いたくないということは、少なくとも理由そのものはあるわけだな?」
「ぎくっ」
「さて、どうしたものか――」
「ジューイチくん、今日はもう、帰って良いよ!」
「え?」
俺がロコの対応について悩んでいると、店長が突然ニコニコと言い放った。
「解雇ですか?」
「ハッハー! そんなわけないでしょ? 君が働き始めてから、助かっているのに!」
「では、何故」
「ロコちゃんと少し、散歩でもしてきてほしいんだよ! そうこれは業務命令! だから当然、時給も発生するよ! どうかよろしく頼むよ!」
「店長が良いとおっしゃるのであれば――」
「引き受けてくれるのかい? サンキュー!」
「あれ? でもその間、誰がシフトに入るんですか?」
「もうすぐ大学生の子が来るから、その子にお願いするよ!」
どうやら俺とは異なる時間帯のシフトに入っている大学生に、早めに勤務してもらうようだ。俺としては助かるのだが、その大学生に申し訳ない。
「じゃ、ロコちゃんのことよろしく頼むよ! サンキュー!」
「あ、はい。それでは失礼致します」
俺はロコの腕を掴み、店舗の外へ出ていく。不思議と彼女は抵抗することも、喚き散らすこともせず、ただ黙って俺についてくるのであった。
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