#30 君はなんてことを!

 暗くなった雰囲気を察したのだろうか。マイなりに気を使ってくれたようだ。流石は我が学級の委員長。どのような時でも明るさを忘れていない。正直、この空気は少し苦しかったので、非常に助かった。


「いや、遠慮しておこう」


 しかし、エミリーはマイの提案を断った。何故だろう、そのエミリーの顔が少々寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。


「これ以上、マイたちに迷惑を掛けるわけにはいかない」

「迷惑だなんて、そんなことは――」

「だが、事実だ。結社同士の抗争に、マイの父を巻き込んでしまった」

「わかった。わかったよ。エミリーが気にしていること。そういうことなら、答えは簡単だよ~」


 マイは自身の父が持っていたシンギュラー・ポイントカードを掴み取ると、それを空中に掲げた。するとカードが輝き始め、その光は安定し始めた。カードが適合したのだろう。


「私もエミリーマートで働くよ~、皆さえ良ければ、結社に入れてほしい」

「本当か!」

「うん、世界征服には以前から興味あったし~、何よりも――お父さんみたいに暴走する人を出さないようにしたいからね」

「つまり、運動会にも出てくれるということか?」

「その通りだよ~、これからよろしくお願いしますね~」

「ああ! よろしく頼む」


 俺とマイは固く握手を交わした。


「エミリー、ほらね? これで私は無関係じゃないでしょ~?」

「それは――そうかもしれないが……」

「はい、決まり! そういうことだから、お夕飯にしましょうね~」

「ま、待て、マイ! わかった! わかったから引っ張るな!」

「エミリーさん、私、空腹の極みです」

「ロコ! 押すな! マイは引っ張るな! ええい! わかったのだ! マイ! これからよろしく頼むのだ!」

「もちろんだよ~」


 こうして俺たちワールド・イズ・マインのメンバーは、マイの家族に連れられて、彼女らのお宅で夕飯をいただくことになった。夕食後、俺が小説にサインを書いたら、凄く感動してくれた。主に誠一くんだけが。



     †



『それで? 新作小説は――書けているのですか? 瀬分先生』

「あ、やべ」


 その日の夜、帰宅した俺は掛かってきた電話に何気なく応じていた。電話の相手は出版社の編集者さん。名前は――なんだっけ? 俺は編集さんと呼んでいるのだが。


『私の名前は『編集さん』ではないと以前から言っていますよね――お前、私の話を聞いてないだろ? 良いご身分だな。調子に乗るなよ? 代わりの作家なんて、発掘しようと思えば、いくらでも発掘できるんだからな? お前の立場なんて一瞬で消せるぞ?』

「うーん、パワハラだぁ」

『来月末までには初稿を送ってくださいね――ちゃんと締め切り守れよ?』

「うーん、ハラハラだぁ」

『それでは首を洗って――ではなく、小説の完成、楽しみにしていますから』


 電話を切られた俺は、大きく深呼吸をした。


 うーむ、最近の俺はコンビニ勤務に集中しすぎて、執筆活動が少々遅れているなぁ。どうしたものか。今や俺にとってはコンビニも執筆活動も両方大切なものだ。


「え? また電話?」


 珍しいな、俺のスマートフォンがここまで着信を知らせたことが、かつてあっただろうか。相手は――マドカだ。さては寂しくなって俺に電話を掛けてきたな。


『違うからね?』

「俺は何も言っていないぞ?」

『ふーん――まあ、いいや。それよりもエミリーのことだけど』

「首領がどうかしたのか?」

『いや、エミリーは疲れているのか、今はもう寝ているけど』

「まあ、あれだけの覇気を発揮したら疲れるわな――ところで」

『なんだい? 覇気を発揮なんてギャグは面白くないよ』

「マドえもん、何故君はエミリーがもう寝ていることを知っているのかね?」

『え? だって――は! しまった!』

『んんぅ……マドカ、うるさいのだ』

『違うからね、ジューイチ――ちょっと、エミリー。まだ寝ていてくれないかな? いつもみたいに寂しいのはわかるけどさ! さっきお風呂入ってあげたじゃん! ひと眠りしたら、絶対に家に帰ってよね! 社長に怒られるからさ!』


 何が、違うのだろうか。ミヤコマドカくん、この状況を受け入れたまえ。


『父上は……マドカのこと、怒ったりしないのだ……』

『エミリー、いいから! 早く!』

『えっ……いいのか、マドカ? それじゃあ――ムギュウ』

『違う、そうじゃない! エミリー、放して――』

「おっと手がトリプルサルコウ」


 俺はすかさずビデオ通話に切り替えた。かなり動揺していたのだろう、マドカがビデオ通話を許可してくれたようだ。画面を押し間違えた可能性が高い。


 慌てるマドカの身体を抱きしめているのは、エミリーだ――いいねぇ、いいねぇ! おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!


「スクリーン、ショットオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

『ジューイチ! 君はなんてことを!』

「ふぅー、心の栄養補給ができた――ありがとう」

『そういうつもりで電話したわけじゃないよ!』

「それで? エミリーのことで何か話でもあるのか?」

『話そうと思ったけど――やめた。明日、学校でね』

「ふーん? それじゃあ、おやすみ」

『うん、おやすみなさい』



      †



 その日、俺は夢を見た。


 近所に住んでいた、眼鏡のお姉さん。彼女と何か、約束をしたような気がする。


『あのね! 僕が小説家になったら! お姉ちゃんと――するんだぁ』


 お姉さん――フェルト・フランソワーズ・ファブリエールは、その時俺に何と答えたのだろうか。俺は何を彼女に言ったのだろうか。今となっては――

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コンビニ・コンキスタドール ‐瀬分重壱と魂美人の少年少女‐ 羽波紙ごろり @gorori5557

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