#29 今更驚かないでください!
「さて、マイ父をどうするか」
「お父さん~、どうしたの~」
「お、おぅ……マイ、か。気が付いたらなんか暴れて――」
「何か違和感とか?」
「そういえば、こんなカードを」
はい、はい。やはり、シンギュラー・ポイントカードか。カードの力を制御できなかったのだろう。だから暴走していた。先程断片的に思い出した俺の記憶によれば、シンギュラー・ポイントカードは無理矢理所持しても、カードと適合しなければ力を制御できない。
おそらく偶然拾ったか何かしたのだろう。しかしマイ父とは適合しなかった。
「い、いや拾ったわけではない。パン屋のお客さんに渡されて――あれ? 誰だったか?」
「おそらく暴走の後遺症なのだ。だから記憶が曖昧なのだろう」
「マイ父にカードを渡してきた人間は、一体――」
「ワタクシですわ」
「その声は――ビバリーヒルズ日暮!」
「ビバーチェ! 黄昏ですの!」
ファンタスティック・ドーンのビバーチェ黄昏か。こんな時に何をしに来たというのか。
「パン屋の山崎さんにポイントカードを渡したのはワタクシですのよ」
「あっそ」
「す、少しは驚いてくださいまし!」
まあ、そんなことだろうと思ったから驚かないのだが――
「うわぁ!」
「今更驚かないでください!」
注文の多いビバリーヒルズだな。それにしても何故、マイ父にポイントカードを?
「五月の大型連休明けに商店街の運動会が開催されることはご存じですわよね?」
「そうだっけ?」
「話の腰を折らないでください!」
ああ、フェルナンドさんがチラシを持ってきたな。そういえば、フェルナンドさんはこのビバリーヒルズの上司だったはず、今度会ったら苦情を入れることにしよう。
「運動会とポイントカードに何の関係が?」
「おほほ! それは――」
「貴様はポイントカードに眠る、その特異点の力を結社とは関係がない人間を利用して増幅させようとしているのだな? そして運動会でその力を悪用しようとしている」
「さ、流石はワールド・イズ・マインの首領、【コンキスタ・エミリー】の名は伊達ではないということですのね!」
「それは市の条例に反するぞ? 結社としての活動を尊重してくれているこの街を裏切っているも同然なのだ」
「そんなことは知ったこっちゃないですの!」
「何? 貴様だってこの街の八百屋のはず――」
「ワタクシは本来八百屋という器には収まりきらない人間! 高みを目指して、力を得ることが悪いはずないですの!」
「わかったのだ」
「え、エミリー?」
「貴様が――世界をどのように見ているか、よくわかったのだ」
エミリーは、怒っていた。目の前にいる黄昏に対して、静かな怒りを周囲に放っていた。
それは、そうだろう。黄昏は、この街を否定したも同然の行動を取っているのだから。
「ああ、思い出したのだ。貴様の親は世界的に有名な野菜ソムリエだったな? 社会勉強のつもりで、野菜の現場を知るために八百屋でアルバイト――それなのに、力に溺れるとは愚かな人間――目障りなのだ、とっとと失せろ」
「ひっ」
「さもなくば――その首を跳ね飛ばすぞ」
「きょ、今日のところはこの辺りで失礼しますわ! 運動会、楽しみに――」
「聞こえなかったのか? その首を」
エミリーが一歩踏み出そうとした、その時であった。
「やめてよ、エミリー」
「マドカ。その手を放せ」
「僕は放さないよ。エミリーの方からでも簡単に解けるでしょ? それなのに、そうしないのは、君が誰かに止めてほしかったから。そうだろう」
マドカはその華奢な体躯から想像できない圧を放ちながら、エミリーの手を掴んでいた。
危なかった。あと少し遅ければ、ビバーチェの首に肉まんのトングが炸裂するところであった。フェル姉が帰った今、エミリーの暴走を止められる人間はマドカしかいない。それを知ってか知らずか、マドカは迷いなくエミリーを制止したのである。
「マドカの言う通りだ、エミリー。このままでは首領ではなく、ただの殺人犯になってしまう。善悪の区別が付かないような人間ではないだろう? お前が逮捕されたら、誰がこの世界を征服するんだ? 文句なら後で聞いてやるから、今は――一旦落ち着いてくれ」
「ジューイチまで――わかったのだ」
エミリーが肉まんのトングをレジスターの引き出しに収納する。
「わかっただろ? お前、もう帰れ」
ビバーチェ黄昏は俺の顔を見て大きく頷くと、駆け付けたリムジンに乗り込み、この場から去って行った。何故、このような状況でリムジンに乗るかなぁ。そういうところだぞ。
「エミリーさん……」
「ははっ、心配か? ロコは友だち思いだな」
「ジューイチさん! ふざけないでくだ――」
「その気持ちは――立派だし、大事なものだ。ずっと大切にしろ」
「え――あ、はい」
まあ、ロコが以前所属していたファンタスティック・ドーン――そのメンバーであるビバーチェ黄昏。今回の件は彼女の単独行動に寄るものだろう。フェルナンドさんの命令ではない。あれだけノリが良いおっちゃんが、こんなことを指示するわけがない。
「でも、まあ――そういうことなら」
今度の商店街対抗の運動会では、何が起こるかわからない可能性がある。気を引き締めておかなければならない。フェル姉にも相談して――フェル姉? そういえば!
「もしかして、今度同じシフトに入るメイドさんって、フェル姉のことでは?」
なんてこった。運動会でフェル姉に協力を仰ぐには、まず彼女との間にある誤解を解消せねばならない。そのためにも早く、俺は記憶の齟齬を紐解かねばならないだろう。
「皆、外が暗くなったことだし~、とりあえずウチで夕飯食べよう~? ね~?」
「委員長……」
「こういう時はごはんを食べるのが一番だよ~」
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