#28 俺の場合は、騙りを語る
「だが、今はそのような状況ではなさそうだ」
「なら、最後に一つだけ――ジューイチ、私との約束覚えている?」
「ん? ああ、覚えているよ」
「良かった――ちゃんと約束、覚えてくれて――」
「俺が小説家になったら、俺のサイン入りの本を渡す約束のことだろう?」
「ちょっと、違う」
「え? だって、俺のサインが欲しいって――」
「ジューイチの馬鹿」
フェル姉がチェーンソーをこちらへ向けている。ちょっと、待ってくれ――
「何か誤解しあっているみたいだから、冷静に――」
「私は――冷静だよ」
フェル姉が横薙ぎ払いを放つ。俺は間一髪でそれを避ける。どうやら後ろまでマイ父が迫っていたらしい。それを牽制するために、フェル姉はチェーンソーを振り回したのだ。
「フェル姉、謝るから許し――」
「怒っていないから、謝罪は不要。ジューイチが悪いわけでもないし」
俺は、無力だ。
久しぶりに幼馴染と再会したというのに、彼女の真意を引き出すことができない。今までの自分が情けなく見えてきた。どうして俺はいつもこのようなことになるのだろう。
「独り言はその辺りにして――どうするの? あの男の人、倒すの?」
「あ、いや――倒さないよ。無力化して、話を聞いてみる」
「そう。なら――」
彼女はチェーンソーで、一際強烈な一撃をマイの父親に放った。
「うぉっ!」
マイ父の動きが止まる。どうやら早速無力化してくれたようだ。非常に助かる。
「じゃあね」
フェル姉は踵を返すと、公園の外へ出て行った。
「フェル姉――」
「貴様も罪な男よな、ジューイチ」
「エミリー、お前は何か知っているのか?」
「うむ。承知しておるぞ」
「そうか」
「聞かないのか?」
「自分で気づかないと、意味がないことだからな」
「ほぉ、そうか――では、逆に質問させてもらおう」
エミリーの手が強く、肉まんのトングを握っている。回答次第では、俺を攻撃するつもりなのだろう。質問内容は察することができる。俺の――小説家の力についてだろう。
「モノローグ――何故さっき独り言が現実になった?」
「もう、わかっているだろ? 知っているだろ?」
「やはり、貴様は――以前、世界を征服したことがあるのか」
エミリーの言葉に反応して、俺の脳内に衝撃が走る。記憶の彼方に消し飛ばした、数々のエピソードが思い起こされる。
そう、俺は三年前に――僅かながら世界を征服したことがある。
「俺の場合は、騙りを語る――つまり、虚構を真実として紡ぐ力を望んだ結果、それが世界征服という形になったわけだ。俺は【奇解王】の力と呼んでいる」
「何故、黙っていた? いや、黙っていたわけではなさそうだ」
「当時の記憶は断片的でね。まあ、俺は運命を操作できるこの力を恐れて、ある程度封印したみたいだ――その俺が今、小説家として活動している事実は、果たして――」
「貴様がフェルトとの約束を覚えていないのは、その時の記憶が封印されているからか?」
「さあ、ね。そもそも、どういう過程で世界征服の力を手に入れたのか、世界征服にはポイントカードが何枚必要か? 俺は何も知らないし、覚えていない。俺は当時、本当に俺であったのだろうか」
「また話が長くなっているぞ、ジューイチ」
「おっと」
「では、最後の質問だ。貴様は、この世界がキライか?」
「もちろん」
「なら良い。これからも貴様は我らの仲間だ」
エミリーはニヤリと笑い、肉まんのトングを閉じた。
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