#27 『コンビニ・コンキスタドール』はここまでです

「首領を名乗るだけあって流石の威力だな、エミリー」

「ふふん! そうだろう、そうだろう! 我はスゴイのだ!」


 エミリーが得意気に胸を張る。その堂々とした立ち振る舞いは、見ていて気分が良い。気分が良いのだが――彼女は少々、調子に乗りすぎたようだ。


 マイの父親の姿が、先程の位置に無い。馬鹿な、地面に崩れ落ちていたはずではないのか。何故、一瞬にして姿を消した。まさか、さっきの姿は――


「ほぉ? 勘が良いな、小僧!」

「ほぇ?」

「エミリー、避けろ! さっきのおっさんは、パンの生地で作られた偽物だ!」

「え、あ、本当なのだ。クロワッサンが地面に転がっているのだ」


 エミリーが呑気に地面に転がっているクロワッサンを指で突いていると、マイの父親がいつの間にか彼女の背後に立っている。ああ、なんということだ。油断していた。


「流派イースト不敗の名の下に! ばぁくねつ――」


 おい、おい。イースト菌とイースト、つまり東方を掛けた高度なギャグのつもりか? おっさん、全員が全員そういうアニメに詳しいと思ったら大間違いだぞ!


「大体、この世界はアニメじゃない!」

「そんなモノローグどうでも良いですから! エミリーさんを!」

「ジューイチの馬鹿! この愚か者!」


 結社メンバー全員がエミリーに駆け寄るが、間に合わない。やれやれ、やはり俺のモノローグは控えるべきだな。このままではエミリー自身がクロワッサンになってしまう。


 こうなったら仕方がない、か。


「俺たちはエミリーに駆け寄るが、防衛は間に合わず。我らが首領はカレーパンになってしまったとさ――あーあ、残念。『コンビニ・コンキスタドール』はここまでです。あばよ」

「ジューイチ! いいかげんにしろ! エミリーが倒れたら、僕は――」

「『エミリーが倒れたら、僕は――』、マドカが振り絞るように、叫ぶ。その胸の内は、隣にいるロコにとっても同様であり、俺にとってもエミリーはかけがえのない首領である」

「ジューイチ、さん? 何を言って――」

「『ジューイチ、さん? 何を言って――』、ロコの心に疑問が迸る」

「コンキスタ・エミリーとやら、ここで終わりだ!」

「『コンキスタ・エミリーとやら、ここで終わりだ!』、マイの父親が拳をエミリーに突きつけようとしたその瞬間。マイが声を張り上げ、父を制止する。『やめて! お父さん!』と」

「やめて! お父さん!」


「因子は揃った。そこで俺、瀬分重壱は宣言する。『そう我こそは――《騙りを語りし奇解王ナラティブ・ストレンジャー》』」


「今更何を言ったところで」

「『今更何を言ったところで』、それに対して俺は言ってやる。『そいつはどうかな』、『今頃、主人のピンチを察知してこっちに向かってくる頃だと思うがな』――そうだろ、なあ」


 チェーンソーの爆音を響かせながら、メイドが空から降ってくる。


「フェル姉!」

「わかっているよ、ジューイチ」


 メイド――俺の幼馴染であるフェル姉が、扇風機型チェーンソーを振り回す。


「うお? なんだ、このメイド!」

「お嬢様の背後から不意打ちとは、パン屋も堕ちたものですね」


 フェル姉はエミリーを抱え込むと、マイ父の傍から離脱した。


「お! フェルトではないか。どうした、忘れ物か? というかジューイチに会っても良いのか?」

「お嬢様、今はそんなことを言っている場合ではないのです」

「んあ? ああ、マイの父君のことか? 気づいているのだ。フェルトなら、絶対に駆けつけてくれると信じていたし、そもそも我が結社のメンバーたちを置いて、倒れるわけがなかろう」

「もう、お嬢様――」

「なに、なに~? どういう関係なの~?」

「私はお嬢様のメイドを務めるコンビニ店員のフェルト・フランソワーズ・ファブリエールと申します。コードネームは《トリプル・エフセル》、以後お見知りおきを」


 フェル姉はマイたちに自らを紹介すると、俺に向き直った。


「やっぱりフェル姉だったんだね」

「そうだよ、ジューイチ。今までどこに――」

「話が長くなっても良いなら」

「ジューイチの独り言が長いことは、昔から知っているよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る