#26 誠一です
「皆、そろそろ帰るよ~」
子どもたちと手を繋ぎながら、マイがこちらに歩いてくる。聞けば、そろそろ夕食の時間であるようだ。なんと俺たちを夕食に招待してくれるとのこと。彼女の弟や妹たちと遊んだお礼として、招待してくれたことは理解できる。しかし、今日の行動をよく思い返してみると、実はあまり、マイの弟や妹たちとよく遊べていないような気がする。確実にそうだろう。
「ふふふ、あまり気にしなくて良いよ~。今日、皆で集まったことが大事なんだよ~」
「だけど、こちらが厚意を受け取ってばかりで、あまり返せていないし――」
「ジューイチ先生」
マイの弟が会話に入ってくる。何か伝えたいことがあるようだ。
「お姉さまは、我々弟妹たちの世話ばかりで、お友だちと遊ぶ機会を作れないのです」
「こら~、そんなことを皆の前で言わないの~」
「お姉さまはもっと自宅外の方々との交流を深めるべきです」
「もう、だから~」
「以前おっしゃっていたではないですか、世界征服をしたいと。こちらの方々なら、お姉さまの願いを叶えていただけると思います」
な、何! マイが、世界征服を望んでいるだと? 誠か、弟くん。
「私の名前は誠ではありません。誠一です」
どういうことだ? マイは学級委員長だぞ? 世界征服を望む理由は何なのだ。
「世界征服と言っても、そんな大袈裟な話ではないよ~。ただ、この先も弟や妹たちが、元気に過ごせる日常を送るために、世界征服でもできたら良いな、と思っただけだよ~」
弟や妹たちの幸せを願っている、良い姉なのだが――途中からその願いが壮大で、明後日の方へ向いているような気がする。向いている気がするのだが、その願いは、どこか我らの首領であるエミリーの考えと似ている部分が多々あった。
「ふむ。なら我が結社に入ってみないか?」
マイの考えに共感したのだろうか。エミリーがマイを勧誘し始めた。うーん、マイはパン屋の娘だし、コンビニ店員のアルバイトをやっても良いのだろうか。世界征服の観念は似ていても、我が結社に入るということは古座駅前店で働くということだ。弟や妹の面倒を見ているマイがアルバイトに時間を費やせるとは思えない。それにマイ自身の意思をまだ確認していない。
「え~、どう、しようかな……」
「お姉さま。私たちのことは気にせず、ぜひエミリーマートへ行ってください」
「でも――」
その時であった。背後の地面に向かって、何か物体が叩きつけられるような音がした。土煙が発生して、辺りの視界が不明瞭になる。マイは慌てて弟たちの身を守った。
「ジューイチ!」
「ああ!」
俺はすぐに
「はっはっはっ!」
土煙の発生場所に誰かが立っている。背が高く、肩幅も広い男が立っている。
「お父さん~?」
正体はマイたちの父親であった。ということはパン屋の職人だ。彼が空から降ってきたことで地面に衝撃が走り、土煙が発生したのだろう。
いや、いや――パン屋の職人が空から降ってくるシチュエーションって、どんな状況だよ。
「話は聞かせてもらった!」
今までの会話を全部聞いていたのか? どこで、どうやって?
「パン屋を甘く見ているな、小僧!」
オーケー、オーケー。この街は――そういう街であった。理解の理由なんて、いらないのだ。
「お前たち、マイをコンビニに入れるつもりか?」
「委員長次第ですけど」
「よろしい! ならば、私を倒してもらおうか!」
「文脈がおかしい人ですね! ムカムカします!」
マドカとロコが特異点武装を召喚し、マイの父親に攻撃を仕掛けた。
「ふんっ!」
だがマイの父親はマドカが発射した防犯カラーボールを割らないように鷲掴みすると、それをロコに向かって投げる。ロコはハンマーで防ごうとするが、塗料が目に入りそうになり、体勢を崩した。ロコの手からハンマーが抜け落ちて、マドカの方へ飛んでいく。
「ギロチン・ザ・クロコダイル!」
エミリーが肉まんのトングでハンマーを掴み、マドカにハンマーがぶつかることはなかったが――この短時間でマドカたちの武装の特徴を把握して、自らの攻撃に転用するなんて、このパン屋、只者ではない。やはりこの街の住人は、どこかおかしい。
「ま、待て! 我らは貴様と戦うつもりはない!」
「娘を預ける側としては、お前たちの実力を把握しておきたいからな!」
「ほぉ? 試験のつもりか? 面白い!」
エミリーが肉まんのトングを構える。レジスタンス・レジスターにポイントカードをスキャンして、魂美人宴奥義を発動するつもりなのだろう。そういえばエミリーの奥義って――
「刮目せよ! 我が奥義を!」
『
「デトネイター・アリゲーター!」
エミリーの手からトングが空中に放たれ、それらがマイの父親に向かって飛んでいく。軌道は池に潜むワニの様に、予測がつかない。
「このようなものぉ!」
マイの父親が、空中を浮遊するトングを掴もうとするが、彼を弄ぶようにトングたちは指先から避ける。避け続ける。そしてマイの父親の足元へ急降下した。そのまま地面を掘り進むトングたち。一瞬の間があった後、トングたちは地面から現れた。
だが、大きさがあまりにも肉まんのトングからかけ離れている。極にして巨躯となった肉まんのトングたちは、左右から一気にマイの父親を挟み込んだ。
「うむ! 爆ぜるが良い!」
その言葉と共にトングの先端から火花が散り、マイの父親を挟み込みながら爆発した。
「ごはっぁ!」
流石にマイの父親も、あの爆発には耐えられなかったのだろう。その場に崩れ落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます