#25 ふふん、我は勉強家だろう?

「ジューイチ、貴様には――」

「ご、ごくり!」

「貴様には――我と、来週のシフトを交代してもらう!」

「え?」


 そ、それだけ? 先ほどまでのプレッシャーとは裏腹に、やけに簡単な罰ゲームであった。というか、罰ゲームではないような気がする。俺とシフトを交代したいなら、普通に頼んでくれると助かるのだが――急な用事でもできたのだろうか。


「ジューイチ、これは貴様にしか頼めないことなのだ」

「何か深い理由でもあるのか?」

「実は――こっそりマドカのサイン会に参加したいのだ」


 何だよ、エミリー! 可愛いところあるじゃないか!

 

 確かに来週はマドカの二作目の画集が発売される。サイン会が行われるという話は俺も知っているし、エミリーは幼馴染であるマドカのサインが欲しいのだろう。どうせマドカのことだ、恥ずかしがってエミリーにサイン会の話をしていないに違いない。


 くぅ~、健気だねぇ! 推しカプのイチャイチャを見られないことは遺憾だが、ここはエミリーとシフトを交代しようじゃないか! キュンキュンしてきた!


「でもそのことを僕の目の前で言ったら、意味がないんじゃない?」

「そうだよ! マドカ、今ここにいるじゃないか!」


 秘密の話を、秘密にしたい相手の前で言うかね、普通。


「はて?」

「いやいや、知らないフリにも限度があるだろ」

「奇遇だねジューイチ。僕もそう思っていたところだよ」


 それとも、ワザとマドカの前でサイン会へ行く宣言をしたのか? だとしたら、その狙いは何なのだろうか。我らの首領が考えていることは、たまにわからなくなる。


「そういうわけだから、よしなになのだ」

「はぁ……もうどうにでもなれ、だね」

「良いけどさ、他の店員は誰がシフトに入るんだ?」

「我の側近が入るぞ」

「側近って、さっきのメイドさん?」

「いかにも」


 そうか、これがエミリーの本来の狙いなのではないだろうか。さっきのメイドさんと、俺を同じ空間に押し込めることが彼女の本来の目的に違いない。


 どういうことだ? あのメイドさんと俺には、何か関係があるのか?


「ま、俺の小説家としての感覚に従うならば、あのメイドさんは――」

「ジューイチ、ネタバレは感心しないのだ」


 おいおい、そんなメタ発言みたいなことを言うな。俺たちは漫画のキャラクターじゃないぞ。


「答え合わせは本人にするさ」

「うむ、きっとそうした方が良いと思うのだ」


 それにしても――疲れるものだな。本気の、鬼ごっこは。明日は酷い筋肉痛に襲われるに違いない。筋肉痛から筋肉スリーになるくらいには、悶え苦しむだろう。


 筋肉痛、筋肉スリー、ふふっ。


「はっ! この轟くエモーションを! 今すぐメモに!」

「うわぁ……」


 良かった。俺のギャグにドン引きしてくれる程度には、マドカは俺を許してくれたみたいだ。


「はぁ? そんなわけ、ないでしょ」

「ほほぉ、これがツンデレというものか」

「エミリーまで何を言っているのさ!」

「マドカが挿絵を担当しているライトノベルとやらを読んだのだ。そこにツンデレという少女が出てきたのだ。ふふん、我は勉強家だろう?」

「ツンデレは女の子の名前を指すわけではないぞ?」

「な、なにぃ! ツンが名字で、デレが名前ではないのか!」

「モチのノンノン、ノン・ウィーズリーだ」

「いや、もう誰が誰だかわからないよ……」


 ツンデレは読者の皆様もご存知の、キャラクター属性を指す言葉である。最初は冷酷で残忍であったキャラクターが、味方になった途端、照れながらお茶目な瞬間を見せてくれる、アレ。


 この言葉がキャラクターの属性を指すのか、キャラクターの心境の変化期間そのものを指すのか、永遠の命題ではあるが、俺は状況次第で使い分けることがベストであると思う。


「ジューイチ、誰に話し掛けているのだ?」

「ん? ああ、こっちの話だから気にしないでくれ」

「エミリーさんへの回答になっていませんよ!」

「ロコ、静かにしてくれ」

「え? え? 私が悪いのですか?」

「いや、ロコは悪くないと思うよ。おかしい方はジューイチさ」


 つまり、何が言いたいのかと言うと――マドカはツンデレラボーイってことさ。


「ジューイチ――やっぱり僕、本気で、怒るよ」

「そうだな。お前が嫌がることをシツコク言い続けることは俺たちの友情に反する」


 ふぅ、危なかった。あと少しで、マドカが暗黒面ダークサイドに堕ちるところであった。

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