#24 この状況で萌えろと?
ふと、耳を傾ける。奇妙な音がしたからだ。公園のトイレにはふさわしくない音。扇風機のような、チェーンソーのような。そんな音が、近づいてくる。
「ま、待て! 今回のメンバーにそんな武装を持っているヤツはいなかったはず」
「ジューイチが呼べと言ったから、エミリーが特別に呼んだらしいよ」
「だ、誰を?」
「エミリーの、側近の人だよ」
次の瞬間。俺の背後に刃物の冷たい雰囲気が接近していた――ような感覚がしたので、本能的に、個室を飛び出し、トイレからも飛び出す。後ろを振り返ると、トイレの壁には何かで切り刻まれたような跡が残っており、その傷の発生源は――メイドであった。
「な、なんでこんなところにメイドが! この状況で萌えろと?」
しかもなんか顔を奇妙な仮面で覆っているし、素顔がわからん!
「というかなんでチェーンソー持ってんだよ!」
「側近さんの、特異点武装だよ。扇風機型チェーンソーらしいよ?」
「応戦するしかないか!」
俺はモップ・ステップ・ジャンピングを抜刀して、チェーンソーの刃にそれをぶつける。火花が散り、俺のモップが持っていかれそうになる。あっちの刃は回転しているんだぞ? 無理、無理――俺が勝てるわけないじゃん。あーあ。
「なーんちゃって!」
俺はメイドのチェーンソーを強く切り上げ、後退する。そして、棒高跳びのように、モップを地面に突き刺し、跳んだ。素早くモップを地面から抜き取り、切っ先をメイドに向ける。あばよ、チェストォオオオオオオオオオオオォ!
「噛み殺せ、ファン・ファン・ファング」
重力が強くなったような気がした。俺は地面に引っ張られるような感覚を覚え、そのまま落下する。ま、まずい! このままではあのチェーンソーの餌食になってしまう。
咄嗟に身体を捻ったが、もう遅い。俺はそのまま落ちた。
「痛っ」
身体に痛みが走るが、その痛みはチェーンソーによるものではなく、地面に落下した時に軽く足を擦った時の傷によるものであった。
だが、同時に柔らかい感触が俺の顔を包み込んでいた。
「こ、これは! まさか!」
あのメイドのおっ――ぱいなのか? そこんところどうなんだい? だとしたら、俺は今、人生においてとんでもない状況に陥っているのではないか?
ふ、ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!
「あれ? でも――」
なんかこういう風に抱きしめられること、昔にもあったような。俺は今、何か大切なことを思い出そうとしているのではないか。そんな感覚に陥る。
「はい、ジューイチの負け。瞬殺だね」
はっ! そうか! この人も鬼ごっこに参加していたから、この人に捕まっても、俺の負けか! 俺、弱すぎるじゃん! ざぁこ、ざぁこ!
「ジューイチ先生、弱すぎだよ」
「本当にあの本の作者なの?」
ま、まずい! 子どもたちに疑われ始めている。というか、鬼ごっこの強さと、小説家としての風格は、関係がないような気がするが――子どもは純粋な疑問を捨てられない生き物なのだから、仕方がない。
「ま、待ってくれ! 本当に俺は小説家なんだ――信じて」
俺が必死に言い訳染みたことを言おうとしたときであった。
「ジューイチは、小説家だよ。私が、証明する」
メイドの人が、静かに、諭すように、けれども優しさに満ちた口調でそう言ってくれた。この人の声、どこかで聞いたことがある。確実に、どこかで聞いたことがある。
「ま、まさかあなたは――」
「罰ゲームの時間なのだ、ジューイチ」
こちらにやってきたエミリーが不敵な笑みを浮かべている。な、なんだその邪悪な笑みは! まるで秘密結社の首領みたいな笑みではないか!
「そうだが?」
そうだよ! エミリーは本当に首領であった!
「た、助けてください! メイドさん!」
振り返るとメイドさんは既にこの場から立ち去っていた。
「終わった……」
「まー、まー、ジューイチ先生。エミリーはそんなに酷いことはしないと思うよー」
「い、委員長! 助けてくれ!」
「ふふふー」
「悪の顔をしている! 委員長なのに! 委員長なのに!」
エミリーは、一体何を命ずるつもりなんだ。
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