コンビニ・コンキスタドール ‐瀬分重壱と魂美人の少年少女‐
羽波紙ごろり
瀬分重壱と魂美人の少年少女
世界征服、最前線?
#0 いらっしゃいませ――なのだ
結論から述べると、彼女たちに常識は通用しなかった。
そもそも彼女たちを、常識などという世間のモノサシで測ろうとしていたことが間違いなのだ。人間が人間をモノサシで測るなんて、そのような権利は、俺には無いのに。
「ジューイチ! 何をボサッとしている? お客様がいらしているのに」
「おっと」
品出しをしながら考え事をしていると、同僚のコンビニ店員の少女が呼んでくる。レジが混んできたのだろう。俺は駆け足でレジカウンターの中へ入った。
商品のバーコードを専用のリーダで読み取る。そしてお客様から代金を受け取り、レジのキーをリズミカルに叩いていく。ひたすらそれの、繰り返し。もう慣れてきた。
「こ、コンビニ強盗です! お金を出してください!」
しかし、次のお客様が物騒なハンマーを突き出し、金銭を要求してきた。
ああ、またか。またコンビニ強盗か。しかも同一人物による犯行。もう、数えるのも飽きてしまうくらいの同じ手口。何故、この少女は逮捕されないのだろうか。
「来たな、ロコ! 否、《ミラージュ・ルージュ》よ! 一体何が目的だ!」
「いや、今コンビニ強盗って言っていただろ。話を聞いてやれよ」
「そ、その通りです! 早くお金を出してください!」
「そうはさせないぞ! ここは我が結社の重要な拠点! 簡単に資金を渡すわけにはいかない! 欲しければ――我と勝負だ! 出でよ、我が眷属! 《ギロチン・ザ・クロコダイル》よ! ヤツを挟み撃ちにしろ!」
「肉まんのトングで遊ぶな」
「むぅ、では我はどの武器でヤツと戦えば良いのだ?」
「まず、店内で戦闘を始めようとする思考を放棄してくれ」
それは――日本国内で、最も秘密結社の数が多い街である、という公然の秘密だ。
「あ、いらっしゃいませ――」
もちろん、その秘密は我がエミリーマート古座駅前店にも関係がある。
何故ならば、この店舗は――
「ほら、お客様がいらしたぞ。戦闘はやめろ」
「むぅ……はぁい」
この店舗は、エミリーマートを運営する会社の社長令嬢である
「お忙しいようなので、今日は失礼します」
「素直な強盗は嫌いじゃない」
「すみません。付き合うのはちょっと――」
「これは、愛の告白じゃねえ!」
店内の混雑具合を把握したコンビニ強盗の少女は、いつものように購入したフライドチキンを片手に持ち、我が店舗を去る。
いつも思うが、彼女は本当にコンビニ強盗をしたいのだろうか。強盗、強盗と毎日のように騒ぎ立てるわりには、きちんと会計をして帰っていく。不思議なお得意様である。
そんな考察を頭の中で巡らせていると、一人、また一人とお客様が店に入ってくる。壁に掛けてある時計を見ると、いつものピークタイムに突入していた。
この時間帯は、俺の知る限りいつも混雑する時間だ。程々に気を引き締めなければ、自分が痛い目に遭う。ああ――またお客様がいらした。
「いらっしゃいませ――なのだ」
隣で、肉まんのトングを片付ける彼女――真戸笑理。彼女の正体は紛れもなく秘密結社の首領であり、《コンキスタ・エミリー》のコードネームを持った常識外れの少女である。
彼女は世界征服を本気で目指しており、それを簡単に否定できるような権利を俺は持っていない。そんな権利はいらない。彼女の眩しすぎる非常識が世界を変えてくれると、期待しているから。
「あ、あの、ジューイチ」
「ん? どうしたエミリー? 今は私語を慎まないと、レジ打ちが疎かになるぞ」
「いや、その――貴様のモノローグみたいな独り言、どうにかならないのか?」
「おっと、また考えていることが口に出ていたのか。うるさくて、すまない」
「気をつけるのだ。お客様を不快にさせてはいけないのだ」
「それも、そうだな」
彼女に注意され、心の中で口元のファスナーを閉じていく。気合を入れ直すためだ。
「さて――」
俺はお客様が気づかないように、メモ帳に先程の強盗騒ぎを急いでまとめる。
この非日常のような日常が、小説のネタになるならば、俺は喜んでこの征服王の少女に魂を売ってやろうじゃないか。その覚悟は、このコンビニでアルバイトを始めたときから、できている。
俺は絶対にこの騒々しいコンビニでの出来事を、小説にしてみせる。その小説を世界に発信することこそが、いつか俺なりの世界征服に繋がると信じて――
「ポイントカードはお持ちですか――」
コンビニ店員、世界征服始めます。
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