#4 サンキュー!

「え! 新しいバイトの子? 勧誘サンキュー、ベリィマッチ!」


 その日の放課後。俺はマドカとともに、エミリーマート古座駅前店を訪れていた。


「いやぁ、人手不足が解消できるなんて、サイコーだよ! 本当に、ありがとう!」


 俺の両手をガシッと握りしめてブンブン振るこの男性は店長の有河ありが刀利とうりさん。一応書いてきた履歴書を彼に渡すと、内容を一瞥し、すぐに俺の採用を決定してくれた。


「なあ、マドカ。トーリさんも秘密結社の人なのか?」

「違うよ。店長はエミリーマートの社長の友人で、皆の保護者みたいな人だよ」

「ふーん」

「結社のことも知っているなんて、話が早いなぁ! サンキュー!」


 この人、さっきからやたらとお礼を言ってくる。しかもただ適当に言葉を述べているわけではなく、本当に心の底から感謝が伝わってくるため、少し照れくさい。


「いやぁ、助かったよ。エミリーの相手は正直、疲れるからね」


 エミリーというのは、社長の娘のことだ。真戸笑理というらしい。


 ん? エミリーの相手? つまり、それは――


「君にはエミリーが暴走したときのストッパーになってほしいんだ。頼むよ」


 おい、おい、おい。俺の仕事はコンビニバイトじゃないのか?


「もちろん、コンビニスタッフとしても働いてもらうよ。ついでにエミリーの相手もしてほしいだけさ」


 ついでの仕事のプレッシャーが強いような気がする。労働条件が厳しいじゃないか。


 だって、何故ならば――エミリー、真戸笑理といえば、ウチの高校の問題児だ。学年は違うが、今年の新入生にとんでもないヤツが入学してきたという話は聞いたことがある。


 そんなヤツの相手をする自信が、俺にはない。


「でも、嫌じゃないはずさ。僕は知っているよ。ジューイチはそういうとんでもないことを押し付けられても、実は楽しんで遂行するってことを」


 この友人には、全てお見通しのようだ。


 確かに俺は、小説のネタになりそうなことに限り、何でも引き受けてしまうクセを持っている。現実における経験は、間違いなく何らかの形で小説の一部として活かせるからだ。


 俺の中に無いモノは、小説に書くことはできない。だから、燃料が必要だ。俺の心を熱く、燃やし尽くす程の魂を揺さぶる経験。それこそがフィクションにリアリティを持たせるための隠し味なのだ。そのためならば、俺はあらゆることに取り組むさ。程々に、な。


 だから今回の件だって、俺は心のどこかでは楽しんでいる節がある。昔、家の近所に住んでいた幼馴染、彼女が持っていたライトノベルのような一見すると支離滅裂で、荒唐無稽で、けれどもどこか安心と親しみを感じさせる奇妙で美しきこの日常を、俺は楽しまずにはいられないのだろう。どうせなら、何事も楽しみたい。それが俺のポリシーだ。


 俺たちは誰だって主人公の可能性を秘めていると、そう思うから。


「ならば――」


 俺はこの物語の主人公として、責務を果たさねばならない。


「エミリーとやらの世話、任せてください!」

「サンキュー!」


 やはりお礼を言いながら、店長のトーリさんは俺にコンビニの制服を渡してくる。サイズはきちんと合っており、俺の身体にピッタリであった。


 何故、サイズを知っていたのだろうか。


「ハッハー、コンビニ店長として培った眼が、役に立ったようだね!」


 まさか、未来を視ることができる眼を持っているのか? だとすれば俺がこのコンビニで働き始めることは、店長にはお見通しだったというのか? そんな、馬鹿な――


「ま、全サイズを予め用意してあるんだけどね!」


 何だよ。ちょっと異能力系バトル展開を期待したのに。やはり現実は上手くできていないようだ。俺はくだらない妄想を止め、しぶしぶ制服に着替えた。


 ふむ、やはりサイズは合っている。予め全サイズを用意していたとしても、その中から適切なサイズを選び取ることが、至難の業であると思うのは俺だけだろうか。どうやらこの男、かなりの観察眼の持ち主であるようだ。コンビニ店長、恐るべし。


「いや、いや。ジューイチ、そんなに驚く必要はないでしょ?」


 こいつ、俺の脳内を直接読みやがった――なんて、ことはなく。マドカは単純に俺の顔を見て、思考を読んだようだ。絵師であるマドカは、絵の参考のために他者の顔を見ることが多い。それを繰り返しているうちに相手の顔を見ただけで、考えていることがなんとなくわかるようになった――と本人は言っているが、果たして。


 は! まさか! マドカこそ、全てを見通す眼を持っているというのか!


「そんなわけないでしょ! おバカなこと考えてないで、早速、研修を始めるよ!」

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