百村楼子は襲撃したい
#10 むふふっ! むふふっ!
「昨日はお疲れ様だったね、ジューイチ」
俺とマドカが通う
「大した仕事はしていないが、な。モップを振り回していただけだし」
「そういえば、そうだね。ジューイチは大した仕事をしていないね」
手のひらを返したような、辛辣なコメント。先ほどの労いの言葉はどこへ行ったのだろう。実はマドカ、結構ストレスが溜まっていて、それを俺にぶつけているのだろうか。
よっしゃ! どんとこい!
「それで、どう? エミリーマートは? バイト、続けられそう?」
「掃除なら任せてくれ」
「どうやら、まだまだ研修が必要そうだね。それはそうか。新人だもの」
マドカがいつものように野菜ジュースの紙パックを取り出す。ストローを刺して、一口飲むと、ほっと一息。そんな光景でも、なんだか小動物みたいな雰囲気を醸し出す彼を見て、周りの女子が興奮している。俺は見逃さない。ほら、一人気絶した。
「バイトについては、まあ――続けていきたいと、思っている」
「へえ? ジューイチにしては、珍しいことを言うね」
明日は雨だね――マドカがそう呟くが、彼の天気予報は的中したことがない。きっと、今回も雨なんか降らないだろう。ほら快晴だ、俺の不安を返せぇという高度なギャグ――このエモーショナルな言葉遊びをメモに記しておこう。盛り上がってきた。
「ちっとも面白くないよ、ジューイチ」
「おっと」
いつものクセで、またモノローグを口走っていたようだ。
快晴、返せぇ――反省せぇ。韻を踏んで、良いんですかぁ? 良いんです!
「くぅ~、決まったな」
「あのね、ジューイチ。君は言論の自由にもっと感謝した方が良いよ――」
「ここにいたのか! ジューイチ! やはりマドカのクラスであったか」
「げっほ! ごっほっ!」
突然の出来事であった。窓を突き破り、破片を撒き散らしながら一人の少女が教室に乱入してきた。その光景を目にしたマドカが野菜ジュースで咳き込んだようだ。
おかしいな、おかしいな――ここは三階にある教室だぞ? どうやって外から――上の階から器用に降りてきたのか。こんなことをする人間は、今のところ一人しか知らない。
「エミリー、ちゃんとスカートで下着を隠せ――ているだと!」
「ふふん! どぉだ! 我が改造した脚部特殊装甲は! 強風もヘッチャラなのだ!」
エミリーは上から降りてきた。女子の下着が公に晒されることは避けた方が良いだろう。ましてや我らが秘密結社の首領のスカートは、死守せねばならない。
そう思ったのだが、彼女はしっかりと改造制服でスカートの裾を守っていた。
しかし――しかし、しかし。現実とは非情なモノなり。
「エミリー、勝ち誇っているところ悪いが――どうやらマドカには、丸見えのようだ」
「あぇぇぇぇぇぇっ! わえぇえぇぇえぇ?」
俺の横で、マドカが慌てふためいている。彼だけにはしっかりと見えていたようだ。
「うむ? そうか、マドカには見えてしまったか――まあ、良い!」
そんなことよりも――と、エミリーは身体に纏わりついていたガラスの破片を払い落としながら、俺たちの方へ距離を詰めてくる。彼女にしては珍しく、少々慌てていた。
まあ、エミリーと初めて会ったの――昨日なんだけどね。だから、珍しく慌てていたという表現は少々誤解を生みそうな気がする。でも、それだけ彼女が慌てていたということを、俺は伝えたかったわけだが、本当、難しいな。言葉の表現というものは。
俺も小説家として、まだまだであるようだ。
「なんと! 我のクラスにロコが転校してきたのだ!」
「ロコ? ああ、昨日の強盗か」
ロコ――百村楼子。《ミラージュ・ルージュ》の異名を持つ、他所の秘密結社の少女。
どこか幼さを残す彼女が、まさかエミリーと同学年であったとは驚きである。
「この学校にロコが来てしまった以上、我らの世界征服に支障が出るかもしれん! 行くぞマドカ、ジューイチ! 先手必勝なのだ! ロコを襲撃するぞ!」
「ぐふぇ! え、エミリー苦し」
「待て、エミリー」
マドカの襟首を掴みながら、エミリーが窓から上の階を目指そうとする。俺はそんな彼女を制止した。大事なビジネスの話があったからだ。
「今から秘密結社の活動を始めるということは、時給が発生すると捉えて良いのか?」
「え? 時給?」
「だって、秘密結社の活動って、アルバイトの一環だろう?」
「そ、そうかもしれんが――」
「あ、でも――レジスターが無いから、勤怠入力できないか。残念だ」
エミリーマートのスタッフは、レジスターにバーコードを読み取らせて勤怠管理をする。しかし、そのレジスターがこの場に無いので、時給は発生しないだろう。
「そんなにお金が欲しいのか?」
「欲しいというか、労働の対価はしっかり受け取らないと本領発揮できないだけで――」
「わかったのだ」
「え?」
エミリーがどこかへ電話を掛け始める。相手は女性のようだ。内容はよく聞き取れないが、エミリーの通話の相手、聞いたことがあるような声をしていた。どこか、懐かしさを感じる。これがノスタルジィというものか! メモに記しておこう。
「我が側近に頼んでおいたのだ。ジューイチの時給の支給を」
「至急、時給、支給――フフッ」
「また変なことを言っているのだ――そういうわけだから、ちゃんと勤怠入力しておけ」
「レジスターも無いのに、どうしろと?」
「心配しなくても、あっちから来るのだ」
「は?」
瞬間、俺の後頭部に強烈な痛みが走った。あまりの衝撃に、前へ倒れこむ俺。
何か、金属製の塊みたいな――そんな感じの物体が俺に直撃したような。
「い、痛いじゃないか! これは一体――」
などと、調子に乗った発言をしながら、後ろにある謎の物体を確認する。
「これは――レジスタンス・レジスター? 何故、ここに!」
その物体の正体は、エミリーマートに置いてあるはずの装甲型レジスター、『レジスタンス・レジスター』であった。え? これで勤怠入力をしろと?
「貴様のために、我が召喚したのだ」
「百歩譲って召喚という事実は許容しよう。しかしだな、そもそもどうやってコイツはここにやってきた? まさか、ロケットブースターでも搭載しているのか? なわけ――」
「よくわかったのだ。その通りなのだ」
おい、おい。当てちまったよ。こんなこと当てるくらいなら、商店街の福引でも当てた方が嬉しかったよ。何で、こういう予想はいつも当てちまうのだろう。
俺が、小説家だからか?
「さあ、行くぞ! 早速ロコを襲撃するのだ!」
「その前に、マドカの襟を離してやれ」
「ん? ああ、コヤツはこんなことくらいでは死なん」
「死んではいないが、気絶はしている。首が締まっているぞ?」
襟首を掴まれたままのマドカは先程から何も喋っていない。意識を失いかけているのだ。
「おっと――マドカ」
エミリーがマドカの頬をペチペチ叩いているが反応がない。ちょっと不味い状況かもしれない。保健室の先生でも、呼んでくるか? そう思った時であった。
「ちゅっ」
「は?」
何か、俺は、とんでもない、状況を、目にした、ような、気がする。
周りもスゴク騒がしくなっているし――特に、女子。
「う、うーん……エミリー?」
「お、気が付いたのだ。マドカ、早速ロコを襲撃するぞ!」
「う、うん――何だろう、唇に違和感が……まさか!」
マドカの顔が強張る。そして、凄く真剣な口調で、エミリーに言った。
「エミリー、まさかとは思うけど――していないよね?」
「な、なんのことやらなのだ!」
「駄目だよ、エミリーは社長令嬢なんだから。昔みたいにああいうことしたら、怒るよ?」
「なんのことやら、と言っているのだ!」
「それなら、良いんだけど――うわ! ジューイチ、どうしたの。気持ち悪い顔だよ」
「むふふっ! むふふっ!」
カプ厨の俺、大歓喜!
やべえよ、やべえよ! こいつら、とんでもないカップリングだぞ! 片やヤンチャお嬢様、片や美少年イラストレーター。これは、これは! ふおぉおおぉぉぉぉっ!
「盛り上がって参りましたあああああああああああああああああああっ!」
「う、うるさいですよ! やっぱりあなた、気持ちが悪い人です!」
「おっと、失礼――ん? 君は……」
俺があまりにも尊い光景を目にして、歓喜を喚起していると、いつの間にか隣にハンマーを構えた少女が立っていた。彼女は――ロコ。百村楼子だ。昨日の強盗だ。
「こらこら、駄目だよ? チャイルドが間違って高校に通っちゃ――」
「わ、私は! ピチピチのジョシコーセーです! 子ども扱いしないでください!」
「んで? そのピチピチちゃんが何の用だ?」
「え、エミリーさんが私を襲撃する宣言をしたくせに、いつまでも来ないから――」
「ああ、待ちくたびれたのか? もしくは、寂しくなったとか?」
「やっぱりあなた、ムカムカの極みです!」
どうやら、図星のようだ。エミリーに放置されたから、悔しくなってロコの方からやってきたようである。意外と構ってちゃんなのか? 強盗騒ぎは、何か注目を浴びたいという心のサインなのか? 俺はカウンセラーではないから、心理分析なんてできない。
下手な考察は、この辺りでやめておこう。
「出たな、ロコ! 世界征服を成し遂げるのは我が結社であるということを、今日こそは思い知ってもらうのだ!」
「せ、世界は私が征服します! そして、私は立派なギャングスタになるのです!」
いつの間にか肉まんのトングを装備したエミリーと、ハンマーを構えたロコの視線が交わっていく。今にもこの教室で昨日のような戦闘が行われようとしている。
おい、おい。大丈夫なのか? ここはエミリーマートとは違って、特殊な工事はされていないはず。すぐに学校が滅茶苦茶になってしまうぞ。
「こらー、そこの下級生たちー。何をやっているのー」
ほら、我らが学級委員、
「秘密結社の抗争は、ちゃんと生徒会に申請しないと校則違反だよー」
「は?」
そんな――秘密結社について明記された校則、ウチの学校にあったか? え? え? 知らなかったの、俺だけ? クラスメイトたちは平然としているし――つまり、申請さえすれば戦闘を行っても良いということか? まさか、この学校も耐久工事済みなのか?
もはや秘密結社じゃなくて、部活動やサークルの域じゃないか。
「それに、もうすぐ昼休み終わりだよー。各自、席に戻ってー」
マイの言葉を聞いて、クラスメイトたちが席へ戻ったり、急いでお手洗いへ向かったりする中、エミリーとロコは依然、睨み合いを続けていた。
「ほらー、君たちも教室に戻った、戻ったー」
「むぅぅ……はい」
「わ、わかりました……」
マイに誘導され、エミリーたちが廊下へ出ていく。あいつら、素直に教室へ戻ってくれるだろうか。廊下を歩く途中で、喧嘩しなければ良いけど――少々、不安である。
「ジューイチ先生―、どうしたの? 授業始まるよー」
「あ、ああ――悪い」
ちなみにマイは俺の小説、『テリヤキ=チキン・フランスパンの冒険』がとてもお気に入りのようで、いわゆるファンだ。その経緯から、俺のことを『ジューイチ先生』と呼ぶことが多い。あまり、先生という呼称は好きではないのだが――訂正も面倒だし。
そういうわけで、先生という呼称をそのまま放置している。悪口ではないので、このままでも問題は無いと判断したのだ。しつこいようだが、誓って、先生という呼称を気に入っているわけではない。先生だけに、この場で宣誓しよう。先生と――宣誓。
このような言葉遊びは、先制攻撃が一番有効である。言ったもん勝ちなのだ。
「ジューイチの将来が、僕は心配だよ」
どういう意味だ、マドカ。さては俺のオシャレなダジャレセンスに嫉妬して――
「はぁ……」
そういうわけでも、ないようだ。
「どうした京。そんな溜息なんか吐いて? 悩みなら先生が聞くぞ?」
「いえ、大丈夫――です」
「そうか――えー、それでは授業を始めるぞ」
教室に入ってきた社会科教師がマドカに軽く声を掛けた後、授業が始まった。
「エミリー、君は――」
授業が始まる直前、マドカが自身の唇を軽く指で触って、また溜息を吐いた。
誰も気がつかなかったが――俺だけは見逃さなかったようだ。
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