#11 さぞかし美味しいのだろうな

「え? 僕とエミリーの関係?」

「ああ、ちょっと気になって、な。もしかして、お前がエミリーとバイトしていることと、何か関係があると思って」

「ははっ――まあ、周りから見れば、疑問も抱きたくなるよね」


 放課後。バイト先の古座駅前店に向かう途中、俺は昼休みの出来事を思い出しながら、素朴な疑問をマドカに投げかけた。イラストレーターがコンビニの社長令嬢と仲が良いのは、なんとなく不思議だなと、そう思ったからである。接点がわからなかったのだ。


「幼馴染だよ。ただの――ただの、ね」

「ほほぉ? 詳しく聞かせてもらおうか!」

「通っていた保育所が同じだったのさ。そこで僕が絵を描いていたら、寄ってきたのが――エミリーだったわけ。別に珍しい話でもないと思うけど」

「本当に、ただの幼馴染なのか? 幼馴染って、簡単にチュウするもんなのか? 俺にも幼馴染がいたけど、そういうこと、嘘でもさせないお姉さんだったからさ――」


 そこでマドカが俺の方をキッと一瞬強く睨みつけた。すぐに元の顔へ戻る。


 どうやら、俺は――とんでもない地雷を踏んでしまったようだ。


「やっぱりエミリー、僕に――昔からさ。油断していると、いつも彼女は」

「ははっ! 好かれているじゃないか! 良かったな、マドカ」

「良くないよ。相手は社長令嬢だよ? 僕が釣り合うはずないよ。彼女に迷惑が掛かる。それに――」


 マドカは一瞬、考えたような素振りを見せた後、俺に言った。


「彼女は恋愛をよくわかっていない。それなのに、僕にキスをするのは――彼女が家族を欲しがっているからだ」

「家族? 少なくとも父親はいるのだろう、エミリー」

「エミリーのお母さん、彼女が物心抱く前に亡くなっていてね」

「そう、か」

「エミリーは間違った知識を持っている。キスをすれば家族が増えると、今でもそう思っている。だから――僕にキスをする理由は、その延長線上でしかない」

「ああ――そういうこと」


 きっとエミリーの父親が、正しい生命の成り立ちをきちんと教えなかったのだろう。だから御伽噺みたいな家族の作り方しか、エミリーは知らないのだ。


 あれ? でも――生命の誕生って、中学生くらいで学習するはずだ。エミリーは高校生だから、父親が教えなくても、学校で習っているはず。


 まさか――エミリー、本当はヒトの子どもがどのように誕生するか知っているうえで、マドカにキスをしているのではないだろうか。ええっと、それってつまり――


「なあ、マドカ。やっぱりエミリーって、お前のこと好――」


 いや、やめておこう。


 このように他者の感情を、憶測で語ることは許されないことだ。本人同士で話し合ってもらうしかない。カプ厨の俺からすれば、二人には末永く幸せになってほしいのだが――


「なにブツブツ言っているのさ? バイト、遅刻しちゃうよ?」

「おっと、またモノローグが漏れてしまっていたようだな」

「なんか珍しく、よく聞き取れなかったけど――危ない人だと思われても知らないからね」

「そうだな。仕事中の独り言は、お客様のご迷惑だもんな」


 俺とマドカは歩く速度を上げ、古座駅前店へ急ぐ。あまり仕事前、汗まみれにはなりたくなかったのだが、遅刻してしまっては店長たちに失礼だ。急げ、急げ。


「おはようございます! 瀬分重壱、ただいまシフトに入ります!」

「うるさっ」


 他のアルバイトについてはわからないが、コンビニエンスストアの出勤前の挨拶は、おはようございますだと、店長から教わった。早速実践したわけだが――


「マドカ、挨拶は基本だぞ? 大きな挨拶は、防犯対策にも役に立つし」

「そうかもしれないけど――ジューイチ!」


 突然、マドカが右手で俺の頭を下に向かって押し込んでくる。痛いじゃないか。そんなことをしたら、俺の頭はカメのように収納ができるようになってしまう。


「いいから、屈んで!」

「お、おう」


 マドカの指示に従い、慌ててマルチコピー機の物陰に隠れる。すぐに、見知らぬ男がレジカウンターを乗り越えて、出入り口の辺りを警戒した後、またレジカウンターへ戻った。


 あの男は一体――


「ほぉ、コンビニ強盗ではないか」


 ああ、そういうこと――確かに関係者でもないのに、レジカウンターに入れるはずがない。強盗か、窃盗犯か、そんなところだろう。挨拶が防犯対策になるとか、言っている場合ではなかったようだ。


 というか、何当たり前のように会話に混ざっているんだエミリー。一瞬、恐怖で震えそうになっただろう。俺が小説家ではなかったら、びっくりして、心臓麻痺であの世へゴーだったぞ。命拾いした。


「エミリー、わかっていると思うけど――」

「もちろんだ。あの男を――捕まえれば良いのだろう?」


 そう言ってエミリーは商品棚に隠れつつ、レジカウンターへ接近し始める。


「違うって! 何もわかっていない! 君はさっさと逃げて警察に通報しろって!」

「誰かそこにいるのか!」

「あ」


 さっきの見知らぬ男が、コピー機に近づいてくる。不味いな、マドカの声が聞こえてしまったみたいだ。このままでは、マドカが――仕方がない。


「よぉ、久しぶりだなぁ? 俺だよ、俺」


 俺はマルチコピー機の物陰から出ると、堂々と男に近づいて行った。


「ああん? てめえ、どこかで会ったことあんのか?」

「ううん! あなた、どこかで会ったことあります!」


 こういうことは堂々としていた方が、被害に遭わないと思う。嘘です、本当は危険なので、皆様は絶対に真似をしないでください。ジューイチお兄さんとの、約束だぞ?


 俺は何を、言っているのだろう。


「なるほど、同業者か」


 何がなるほど、だ。知ったかぶりすぎるだろ、この男。実はお馬鹿な人か?


「俺の名はフェルナンド曙。《ファンタスティック・ドーン》の首領ってわけ」

「へえ、ファンタスティック丼とな? さぞかし美味しいのだろうな」

「ちげーよ! ファンタスティック・ドーン! 秘密結社だっての!」


 ああ、コンビニ強盗娘のロコが所属している秘密結社のことか。


「そのファンタジスタ・ドン・キホーテが何の御用で?」

「てめえ、ふざけているのか!」

「すみません。小説家ですから、許してください」

「おぉ、なら仕方ねえか」


 どういうことだよ! さすがにこの俺も、よくわからなかったぞ!


「あなたを不法侵入とコンビニ強盗で訴えます! 理由はもちろん――」

「はぁ? 何を言っている? てめえ、この街のルールを知らないのか?」

「覚悟の準備を――って、この街の、ルール?」

「秘密結社は、その活動範囲を逸脱しなければ、警察に介入されないっていうルール、知らないわけないよな?」


 すみません、知らなかったです。も、申し訳なかったり、あったり。


「だからてめえは、俺を訴訟できないってわけ。秘密結社活動尊重条例に書いてあるし」

「随分とまあ、この街の条例に詳しいですなあ」

「元弁護士の八百屋だからな、詳しいのは当たり前――って、そんなことを言っている場合じゃねえ! トーリはどこへ行った?」

「店長? 奥の事務所じゃないんですかね」

「留守みたいだったからよ。このチラシ、置いといたから伝えておいてくれ」


 フェルナンドのおっちゃんが、俺に一枚紙を渡してくる。それを受け取り、中身を一瞥する。へえ、駅前商店街対抗、春の大運動会のお知らせか。ふーん。


「じゃあ俺は夕方に向けて、叩き売りの準備があるからよ」


 おっちゃんが、店を出ていく。


 あれ? じゃあこのおっちゃん、強盗とかじゃないってこと?


「誰だよ! 強盗とか言い始めたヤツ!」

「我なのだ……てへ」

「マドカ」

「エミリー、ちょっと――ちょっと、いいかな?」

「な、なにをする! マドカ待て――ジューイチ、助――」


 これ以上、ここにいる必要はないだろう。


 下手にマドカを刺激して、俺まで巻き添えを食らう必要はない。そう思った俺は、更衣室へ向かい、コンビニの制服に着替えつつ、今日の出来事をメモにまとめた。


 何か遠くから悲鳴のような声が聞こえたが、まあ、ギャグ補正でどうにかなるだろう。


 そんなフィクションを楽しむ読者のような感想を、俺は抱くのであった。

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