#8 くぅ~、決まったな
レジカウンターに着くと、店長のトーリさんが一人の少女にハンマーを突き付けられていた。銃やナイフではないのか、と思ったが――ハンマーだって、立派な凶器だ。すぐに事態の緊急性を思い知った俺は、エミリーに続いて襲撃者の少女の前に立つ。
「こ、コンビニ強盗です! カードを寄こしてください!」
「お断りなのだ! 強盗は、悪いことなのだ!」
「それは承知の上です! わ、私はギャングスタを目指しているのですから!」
「ならば! 力づくで奪いに来るのだ、ロコ!」
エミリーにロコと呼ばれた襲撃者が、ハンマーを構える。どうやら臨戦態勢に入ったようだ――というか、何で臨戦態勢に入る必要がある? ここは、コンビニだぞ? え?
まさか、ここで戦闘を始めるつもりなのだろうか。マジでございますか。
「マドカ! レジの整備は済んでいるか?」
「もちろんだよ、エミリー」
「よし! 《レジスタンス・レジスター》、スキャニングモード!」
エミリーがシンギュラー・ポイントカードを取り出すと、彼女はそれを店に設置してあるレジスターにスキャンした。すると、レジの引き出しが開き、肉まんのトングが二つ出現した。そう、肉まんのトングが二つ。何故だ。何故、このタイミングで肉まんのトング。
「我が眷属、《ギロチン・ザ・クロコダイル》!」
ただの肉まんのトングだろう。随分とご立派な名前が付いているではないか。
「オーケー、オーケー。やっと理解できた。理解させられた」
どうやら俺が日常を送るこの世界には、まだまだ秘密があるらしい。
「シンギュラー・ポイントカード、まさか本当に特異点の力を有するとは、な」
エミリーが言っていたシンギュラー・ポイントカード。それをレジスターにスキャンすることによってカード内の特異点の力を解き放ち、武装を展開することができるようだ。
なんともまあファンタジーな、悪く言えば馬鹿みたいな話ではあるが、俺はこのように解釈し、理解せざるを得なかった。
こんな状況、遭遇すれば誰だって混乱するだろう。思考を放棄せざるを得ない。理解不能になるだろう。しかし、俺は小説家だ。このような荒唐無稽な展開が日常で起ころうと、決して慌てることはない。現実は小説よりも奇なりであっただけのことだ。
結論。俺はとても――ワクワクしてきた。この退屈な世界をぶち壊し、革命を起こす出来事が今、目の前で起こっている。それを認識できたことを喜ばずにはいられない。
まずは自分の当たり前を、疑い尽くす必要があるのだ。それを思い知らされた。
さて、モノローグは程々にしよう。つまり、要するに――
「素晴らしい! 素晴らしいな! ワクワクで、心がジャンピングだ!」
俺は目の前の光景を、しっかりと頭に焼き付けなければならない。ピン、ときたのだ。
これは確実に、新作書下ろし小説のネタになる。こんなにも美味しいネタを、調理せずにはいられない。とんでもない、前代未聞の小説になるに違いない。否、してみせる。
「な、なんですかこの人! こ、怖いです! 恐怖を感じます!」
「それは、失礼した」
「部外者は引っ込んでいてください! 強盗の邪魔をするならば、排除します!」
ロコがハンマーを振り上げ、店舗の床を蹴る。大きく跳躍し、それを俺に向かって叩きつけようとしたとき、エミリーが間に入り、肉まんのトングでハンマーを挟み込んだ。
「ジューイチ! こいつはライバル結社の構成員! 《ミラージュ・ルージュ》のコードネームを有する者だ! 名を
「勝手に紹介しないでください!」
「ロコとやら、目的は何だ? 単身コンビニ強盗とは、大胆な犯行じゃないか」
「わ、私はギャングスタを目指しています! そのためにはカードが必要です!」
奇妙なカードを巡って、結社同士が争っているのか。俺がいる業界では、ありがちな物語展開だな。もう少し捻りが欲しいものだ。まあ、そこは後で脚色するとしよう。
「この人、さっきから一人でブツブツ――やはり、恐怖です!」
「許せ、ロコ。こいつは今日から入った新人バイトだ。モノローグがうるさくてすまない」
どうやら、また声に出ていたらしい。いかんな、無意味な思考は切り捨てねば。
「悪いが、カードは渡せない」
「どうしてですか!」
「カードはエミリーが望む世界征服のために、彼女自身が懸命に手に入れたモノだ。大人しく、ホイホイ渡せるモノではない。わかってくれ」
「私はカードを渡せとは、言っていません! 寄こせと言っているのです!」
肉まんのトングを振りほどき、ロコはハンマーでエミリーの身体を横に薙ぎ払った。そのままエミリーは揚げ物の陳列ケースに激突し、床に崩れ落ちる。
陳列ケース、頑丈過ぎないか? 強化ガラスか、何かでできているのか?
「エミリー、大丈夫か!」
「ジューイチ! 今、我よりも先に陳列ケースを心配したな!」
「そりゃ、俺だって今日からコンビニ店員だもの。店舗設備の心配もするさ」
「その通りなのだ! コンビニ店員としての心得があるようだな!」
褒められているのか、怒られているのか、わからない。
「ここは僕に任せて、エミリーと避難して!」
マドカがレジスターを盾のように持ち、ロコの攻撃を受け止めている。どうやらあのレジスターにはシールドの役割もあるようだ。しかし、長くは持たないだろう。
「マドカ! 我に店舗を見捨てろというのか!」
「それは……」
「我は、その選択を認めん! 最後まで店舗を防衛するのだ! それがコンビニ店員としての、最大の責務の一つだ!」
「店長としては、店舗を捨てて避難してほしいけどね。そういうマニュアルだし」
すごく冷静だな、店長。というか、この状況に慌てず、楽しんでいるようにも見える。
「あの子。よくウチの店に来るからね。エミリーの相手もしてくれるし、助かるよ」
え? これは、遊びの域を逸脱しているだろう。店内は戦闘で滅茶苦茶だぞ。
「この店舗は補強工事がされているからね。ちょっとや、そっとでは壊れないさ」
「そういう問題ではないと思いますが」
「そう? 照れるなぁ! サンキュー!」
誰も褒めていないし、お礼を言う状況でもないだろう。
「隙ありです!」
ロコがマドカの盾を吹き飛ばす。レジスターの盾は、ゴロンゴロンと回転しながらこちらに転がってきた。間一髪、俺はそれを避ける。あんなにも勢いがある物体が直撃していれば、俺の身も危なかったに違いない。
「そのレジスターを壊せば!」
どうやらロコはこのレジを狙っているようだ。
レジスターが破壊されれば、マドカは防御の術を失う。そしてエミリー諸共、ハンマーを叩きつけられてカードを奪われてしまう。それは――避けねばならない。
だって、そうだろう。あのカードはエミリーの夢を叶えるために必要だ。彼女が望む征服された世界、俺はそれを見てみたい。彼女は――俺たちは、《ワールド・イズ・マイン》だぞ。世界を手に入れし者でなければならない。こんなところで終わってたまるか。
今日、ようやく面白くなってきた俺の日常を、序章で終わらせるわけにはいかない。
「何ですか! 邪魔をする気ですか!」
「モチのロンロン。ロン・ウィーズリー、ナメクジ食らえってね」
「意味不明です!」
「当然だ。俺が今、考えた名言だもの。くぅ~、決まったな」
「ムカムカの極みです! 始末します!」
調子に乗っていると、俺の目の前にハンマーが迫ってくる。テンションが上がると、周囲が見えなくなる。俺の悪いクセだ。昨日まで一般人だったんだぞ? 無理、無理、そんなハンマーが直撃したら――俺は死の運命から逃れられない。
せっかく今日は人生の特異点だと思ったのに。退屈な日常をようやく抜け出せると思ったのに。ここで、俺は、死ぬのか? ふざけるな。
ふと、脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。ああ、フェル姉。俺、約束守れな――
「俺は瞳を閉じ、己の運命を静かに受け入れた。最後に思い浮かんだのは幼馴染のお姉さんとの約束。それを守れずに朽ち果てていく俺は、滑稽であった。あーあ」
「何のことかわかりませんが――そうです! トドメです!」
頭にハンマーが直撃する。形容しがたい痛みが、頭から順に全身へ響き渡る。鮮血が垂れ、俺は倒れた――という展開は、既に想像済みだし、そんな結末は却下だ。
「は? 何を言って――」
「俺が死んだら、この物語は誰が書き上げるんだ?」
小説家を舐めるな。あらゆる展開は既に想像し、創造済みだ。
「ふと俺の目の前に、輝くカードが現れる。エミリーが持つカードに似ているそれを、俺は掴み取った。シンギュラー・ポイントカード、それが今、俺の手の中に」
「だからさっきから、何を言って――それは!」
俺の目の前に、輝くカードが現れた。特異点の力を内包するそれは、そのカードはシンギュラー・ポイントカードだ。迷いなく俺はそれを掴み取った。
そして、床に転がっている《レジスタンス・レジスター》にカードを読み込む。引き出しが開き、出てきたのは掃除用具のモップであった。
「モップ型の太刀か。敵を一掃するには、最適な武装だ」
「何故、このタイミングで! どうして、ですか!」
「さあ? 俺が小説家だからじゃないか?」
こいつの使い方が、俺にはわかる。
「おお、ジューイチにもカードが……」
「まったく。君はいつもエンジンが掛かるのが、遅すぎるよ」
エミリーとマドカの様子を窺う。緊急性のある状況ではなさそうだ。だが、このまま二人を戦闘に巻き込むわけにはいかない。ロコに蹂躙されるだけだ。
「店長」
「なんだい?」
「マドカとエミリーを連れて避難をお願いします」
「頼ってくれるのかい? サンキュー!」
「店長! 我も残るのだ!」
「ハッハー! それは却下するよ! 店員の安全確保は店長の務めだからね!」
「むぅ、わかったのだ……」
「ジューイチ! 君も無理はしないようにね!」
満身創痍のマドカたちを連れて、店長は店外へ出ていく。それを確認した俺は、ロコと対峙し、モップの先端を彼女に突きつける。
「名前を決めないと、な。そうだ、《モップ・ステップ・ジャンピング》とか、どうだ」
「ダサいです! ふざけないでください!」
「ユニークな要素がないと、読者に飽きられる。俺の業界では、な」
「あなた、何なのですか! 何者なのですか!」
「俺は瀬分重壱。小説家兼高校生兼コンビニ店員兼秘密結社構成員を生業としている者だ。今日から、な。コードネームは《イレヴン・レイヴン》。以後、お見知りおきを」
「大手コンビニチェーンみたいな名前ですね! どこまでふざけるつもりですか!」
「ああ、だから――おふざけは、ここまでだ」
モップ型の太刀を構え、俺は間合いを詰める。ロコのハンマーと太刀が衝突し、火花を散らす。実力は、やはりあちらの方が上か。戦闘慣れしている。経験も豊富なのだろう。
ならば、この戦い。一気に決着する必要がある。所謂、初見殺しで攻めるしかない。
「来い! 《レジスタンス・レジスター》!」
俺の呼びかけに、レジスターが反応する。すぐに俺は再びカードを読み込んだ。
『カードを読み込みました。奥義、承認します』
レジの電子音声とともに、モップ型太刀が覇気を纏っていく。大技で一気に決めるしかない。長期戦は今回不利だ。
ならば――ここで、放つ。
『
準備が完了し、俺は太刀を無我夢中で振り回す。纏う覇気によって、威力を増した太刀はそのままロコのハンマーを切り刻み、粉砕した。七連撃の後の、追い打ちの十一連撃によって、ロコを打ち破ったのだ。勝負は一瞬で済んだ。呆気ない程に。
「そんな……《ハンマー・プライサー》が、いとも容易く壊されるなんて!」
「勝負アリだ。今日のところは、お帰りいただこう。営業妨害だ」
悔しがるロコに対し、モップの先端を突き付ける。それ以上、おかしな行動をしてみろ、エミリーが許しても俺が許さん。彼女の日常を、このコンビニを破壊することは許さん。
俺からの圧力を感じたのだろう。ロコが両手を上げ、降参する。
「ジューイチさん、でしたね。あなたのことは絶対に忘れません。絶対に」
「俺を覚えてくれるのか? さてはファンだな? 写真撮影は事務所を通してもらおう」
「ふ、ふざけないでください! 誰があなたのファンなんかに!」
「お、エミチキンが揚がった」
「やはり、あなたムカムカの極みです!」
ロコが何か騒いでいるが、気にしない。右手にトング、左手にトレーを持って素早くフライドチキンを引き上げていく。余熱時間は一分程度か。わかりやすいマニュアルだなぁ。
店長が作ったマニュアルか?
「ちっとも面白くないです! 不愉快です!」
お! 余熱完了だ。一分はあっという間だねぇ。カップラーメンより、ずっとはやい!
エミリーマートの名物、『エミチキン』を揚げ物棚に陳列していると、そこから目を離さないロコの顔が見えた。あー、はいはい。そういうことね。
「食うか? エミチキン」
「わ、私は敵ですよ!」
「それ以前に、この店のお客様、だろ? 強盗の件はこれ食って忘れろ」
「い、いいんですか?」
「ああ、きちんと残さずチキンを食いな――きちんと、チキン。フフッ」
「わ、わーい」
俺の渾身のギャグを無視して、ロコはエミチキンに噛り付く。くぅ~、美味そうに食べるじゃないか。それはそうだろう。このエミリーマートのチキンは、食べた後に思わず笑みを浮かべてしまう美味しさだ。それゆえに、エミチキンと呼ばれているのだから。
「ふぅー、美味しかったです。ごちそうさまでした!」
満足気な表情を浮かべるロコ。美味しかったなら何よりだ。俺もこの店の店員として、鼻が高いよ。さて。それはそれとして――
「百八十円でございます。ポイントカードはお持ちですか?」
「お金、取るのですか?」
「え?」
「え?」
それはそうだろう。店員が無料でフライドチキンを食わせるわけが、無いだろう。
「そうか、そうですか、つまりあなたはそういう人なのですね!」
「エーミールみたいな、言い回しだな。フフッ」
「誰ですか! 私はロコです!」
「そうか……意外と国語の内容を覚えている人間って、いないのか? それとも教科書が違うのか――いずれにせよ今日からお前のラテン名はフルミネアだ」
「馬鹿にされていることだけはよくわかりました!」
「ムカムカの極みですぅ!」
「私の真似をしないでください! 不愉快です!」
ロコは財布から百円玉を二枚取り出すと、それを俺の顔面に叩きつけた。良くも悪くも、その放物線を描くような動きに見惚れた俺は、百円玉を避けることができなかった。
結果、百円玉は俺の右目と左目に綺麗に嵌って、取れなくなった。
「あ、あれ。前が、見えない……」
「おつりは募金箱に入れておいてください! さようなら!」
「ギャングスタを目指しているのに、慈善活動?」
「今度は口に硬貨を投げ入れますよ!」
「悪かった。誰かのための募金に、善人も悪人も関係ないもんな」
そういう意味では、俺よりも彼女の方が人間として出来上がっているのかもしれない。そのようなことを考えていると、いつの間にか彼女は店外へ出て行っていた。
しまった。お客様退店の挨拶を忘れてしまった。新人とはいえ、情けない。
「というか、この両目の百円玉、どうしよう――奇妙な激痛を感じるし」
硬貨の効果は抜群であった。た、助けてエミリー。
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