#20 この弁当は一人用なんだ

「おはよう、ジューイチ」

「マドカか。おはよう」


 次の日になり、俺は学校へ登校する。目の下に大規模な隈を作っていた俺の顔を見て、マドカは溜息を吐いた。俺が昨晩何をしていたのか、お見通しのようだ。


「ジューイチ、徹夜したね? まだ新作小説が書けていないの?」

「どうやら俺には、『テリヤキ=チキン・フランスパンの冒険』しか書けないようだ」


 ゼロからイチを生み出す。物語を書くということは、世界の創造に等しい行為であると、俺は本気で思い続けている。それ故に、新作小説を書き始めることがいかに難しいことなのか、俺は知っているのだが――結論から述べると、現実逃避のモノローグが終わることはなかったのである。まあ、構想を練っている段階が、特に面白かったりするんだよなぁ。


 俺の場合は特にそうだ。パズルを組み上げることよりも、パズルのピース一つ、一つを作り上げていくことの方が、俺の好物なのだ。


「何か、ヒントが――ヒントが欲しいよ、マドえもん」

「しょうがないなぁ、セワケくんは――ヒントなら、この日常にあると思うけどね、僕は」


 マドえもん――否、マドカはそう呟きながら、教室内を見渡す。ホームルームが始まる前で、学友たちはそれぞれ会話したり、音楽聞いたり、本読んだり――それぞれの日常を過ごしていた。この日常、それぞれが集まって、世界は成り立っているのだろう。


「君のデビュー作は冒険活劇であったけれども、日常も冒険になり得ることを、ぜひ君には証明してほしいものだね」

「そうだ! エミ×マド小説を書こう!」

「嫌な予感がするけど、一応詳細を聞こうか」

「エミリーとマドカを題材にしたラブコメライトノベルを――」

「ふぅん? イインダ? ソウイウコトシテ?」

「話し合おう、マドカ。俺、結社内の内部抗争は良くないと思うんだ」

「まったく。エミリーを勝手に巻き込まないでよね」

「は、はい」


 エミリーが巻き込まれることが許せないだけで、許可を取れば、この小説のカップリング自体には問題ないということなのか? ふぉおぉおぉおぉっ!


「おい」

「あ、スミマセン」


 地震、雷、火事、マドカである。こんなに怒っているマドカは初めてだ。


「あれ?」


 席に着き、鞄の中身を整理している時、俺はようやく鞄の違和感に気が付いた。


「いっけなぁい。お弁当、忘れちゃった☆」

「あっそ」

「マドカくぅん! 俺におすそ分けてくれないかなぁ?」

「悪いなセワケ。この弁当は一人用なんだ」


 冷静に考えたら、マドカの言う通りである。というか、猫型ロボットの世界観風会話、まだ続けるつもりなのか? さっきまで猫型ロボット本人の役だったのに、今は拗ねているから、拗夫ってこと? クスクス、マドカにしては面白いじゃないか。


「面白れぇ男!」

「良い機会だから、僕はエミリーと食べるよ」

「ん? 何を言って」

「ジューイチはそういう展開をお望みのようだからね」

「だから、何を言って」

「当たり前の日常は、当たり前ではないということさ」

「ま、待ってくれ! お前がエミリーんとこ行ったら、俺は」

「ひとりぼっちの昼」

「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

「それどころか、弁当ないくせに」

「こうなったら抜け出してエミリーマートで――」

「店長が許さないだろうね、そんなことしたら」

「だ、だよね~」

「じゃあね。僕はエミリーとイチャイチャしてくるよ」


 エミリーに連絡をするためであろう。スマホを操作しながら屋外の自動販売機へ向かうマドカ。こら、歩きスマホはやめようね! ジューイチくんとのお約束だぞ。


「こうなったら、ロコに――」


 ロコに連絡しようとしたが、連絡先リストにロコの名前が無かった。


「そうだよ! 俺、あいつの連絡先知らないじゃん!」


 教えてくれるわけないよね、冷静に考えれば。


「セワケくん、うるさい」

「そっとしておいてやれよ。あいつの試練は、あいつが解決するものさ」


 クラスメイトたちがひっそりと会話をしている。内緒話って、本当に本人にも聞こえるものなのだなぁ、なんて呑気なことを考えている場合ではない!


「さようなら、マドえもん」


 こんなときウソエイトオーオーがあれば結末は違っていたのかもしれない。


「エイプリルフールは、嫌いだけどな」

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