#13 理由になっていません

 古座市内と隣町である四季市内を流れる一級河川、瀬奈屋川。俺とロコはその堤防上の遊歩道に来ていた。この遊歩道では春になると桜が、これでもかというくらい美しい満開の花を咲かせるのだが、今日はそれが目当てというわけではない。そもそも桜の花はもう散ってしまっている。


 それでは何故、この場所にやってきたのか。別に深い意味は無い。ただ俺にとっての一番のお気に入りの場所、それだけの話だ。落ち着いてロコの話を聞けると思ったから、この場所を選んだのだ。まあ、ロコの方は落ち着いているかどうかは知らないが。


「んで? お前は何故、ギャングスタを目指しているんだ? 目指すことはお前の勝手だが、それによって迷惑を被る人がいる以上、見過ごすわけにはいかないな」

「正義でお腹はいっぱいにならない、それだけですよ」


 意外にもロコはすんなりと理由を教えてくれた。ただ、その言葉の本質が俺にはよくわからなかった。もう少し丁寧に、慎重に彼女の心へ踏み込む必要がある。


「私の家は普通の家庭でした」


 そう思ったのだが、ロコはまだ話を続けてくれた。もしかしたら彼女自身も、ずっと誰かに聞いてほしいことを、一人で抱えていたのかもしれない。


 俺は真面目に話を聞くことにした。相手が真面目なのに、ふざける理由が無いからだ。


「父は情報技術を駆使した仕事を担う企業の、普通のサラリーマンだった。役職とか無いけれど、家族のため必死に働く、どこにでもいる男でした。強いて言えば正義感だけは人一倍強かったかもしれません。その正義感が全てを狂わせたのですが」

「何かあったのか? 会社の不正でも暴こうとして、返り討ちにあったか?」

「よくわかりましたね。勘が鋭すぎて、気持ちが悪いレベルです」

「俺は小説家だからな」

「理由になっていません」

「お前の親父さん、逆に責任を押し付けられて、解雇でもされて――一家離散でもしたのか? だからお前は正義に失望し、悪を目指している。そうだな?」

「あなた、会話のキャッチボールができない人でしょう。大量のボールを一方的に、相手に投げ続けるタイプの人ですね。友達いないでしょう」

「よくそれを言われるが、別に友人がいないから悪だとか、いるから正義だとか、所詮、他者のモノサシでしかないぞ? そんな定規はへし折ってしまえ」

「やっぱりあなたのことが嫌いです――ああ、そうですよ。合っていますよ。私の父は会社に責任を押し付けられて、精神を病み、今は病棟の中です。母の弟、つまり叔父が私の面倒を見てくれているから良いものの、母なんて今どこで何をしているのか――ああっ!」


 突然、ロコが頭を抱えて呻きだした。何だ? どうしたというのだ?


「何で私、こんな嫌いな人に自分語りをしているんでしょうね。不愉快です」

「俺とお前が似た者同士だからじゃないか?」

「面白い寝言ですね」

「起きているぞ?」

「じゃあ、何が言いたいのですか、あなたは」

「言いたいことならいくらでもあるが――そうだなぁ」


 俺はポケットからシンギュラー・ポイントカードを取り出す。そしてそれを天に掲げた。遠くの空がキラリと輝き、レジスタンス・レジスターがすっ飛んで来る。


「お前がギャングスタを目指して何をしようが知ったこっちゃないが、それで俺の日常が侵害されるのなら、俺はお前を排除せねばならない。だって、そうだろう? お前は好き勝手、俺も好き勝手――お互いに平等でなければ、俺は納得しないからな」


『イラッシャ・イマ・セイッ! ポイントカードハオモチデスカ?』


 俺のためにカスタマイズされたレジスタンス・レジスターから、案内音声が流れてくる。


「ああ、持っているさ」


『ポイントカードヲ、ヨミトリーダ!』


「カード読み取りとカードリーダを掛けた高度なギャグ。俺でなきゃ、聞き逃しちゃうね」


 俺はレジスターにポイントカードを読み取る。引き出しが開き、モップが出現した。モップ型太刀の《モップ・ステップ・ジャンピング》。俺の特異点武装。


 これから俺はこいつを使って、ロコの悪意を一掃する。エミリーの友人になってくれるかもしれない少女を、やはりというべきか、悪に堕とすわけにはいかないからな。


 俺個人としては、ロコの悪の道を尊重してやりたいが、我が首領はそれを望んでいないだろう。これは俺なりのエミリーへの忖度のようなものだ。


「これから古座市秘密結社活動尊重条例第三十四条、『秘密結社間抗争について』の規則に基づいた決闘を行わせてもらう。お前が勝てば、俺のポイントカードを差し出す。ただし、俺が勝ったら、その直後からお前は我が結社の一員だ。要するに魂美人になってもらう」

「それだけですか?」

「おまけだ。お前が勝てば、今後悪行を俺は止めたりしない。好きなだけギャングスタを目指せ」

「良いでしょう――」


 ロコもシンギュラー・ポイントカードを掲げた。八百屋の方角から、少し形状が違うレジスタンス・レジスターがすっ飛んで来た。カードを読み取り、引き出しが開く。


 次の瞬間、ロコの右手には特異点武装、《ハンマー・プライサー》が握られていた。


『ヨミトリーダ! 奥義、承認します』


「速攻で片付ける」


魂美人宴奥義コンビニエン・ストライク!』


「ズィーベン・エルフ!」


 俺が覇気を纏ったモップを滅茶苦茶に振り回す。まずは七連撃。それを相手のハンマーに浴びせ、その後、トドメの十一連撃を――


「二度も喰らいません!」


 ロコがハンマーで、俺とモップを空へ向かって打ち上げる。下から上へ、強い衝撃が俺の身体を走った。まだ夏でもないのに、俺が花火になってどうするんだよ。


「叩き売りの時間です!」


 ロコが地面を蹴り、ハンマーを振り上げながら俺の身体を踏み台にして更に上空へ跳んだ。そしてそれを俺に向かって思い切り振り下ろした。


「ハンマープライス・インパクト!」

「くっ!」


 モップでハンマーを受け止める。しかし、それは一瞬だけの話だ。


「痛いじゃないか」


 地面に叩きつけられた俺は、コンビニ制服に付着した土埃を払い除ける。また洗濯しないといけないじゃないか。一応店から借りている服だから、破いたら弁償だぞ?


「何で奥義を喰らってピンピンしているのですか!」

「俺は小説家だからな」

「理由になっていません!」


 再びハンマーを構えたロコが、こちらに駆けてくる。あの重そうなハンマーを、よくもまあ、あんなにも軽々と振り回せるものだ。プロテインでも飲んでいるのだろうか。


「私は筋トレマニアではないのです!」


 いかんな。俺のモノローグが漏れるせいで、思考が相手に伝わり、行動パターンが読まれてしまっている可能性がある。これはどうしたものか。

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