#7 オーケー、オーケー
「それで? 世界征服って、具体的に何をするんだ?」
レジへ向かう途中、俺は素朴な疑問をエミリーにぶつける。秘密結社の一員になったことは良いが、具体的な活動内容はまだ聞いていないし、理解もしていない。
「よくぞ聞いてくれた!」
エミリーはわざとらしくマントを翻すと、胸ポケットから何かを一枚取り出した。一見するとそれはプラスチックの板、カードのようだ。
ん? これ、ポイントカードじゃないか?
「これは、シンギュラー・ポイントカードと呼ばれし秘宝! これを集めることで特異点に至り、世界を征服できる! らしい!」
何だか急にファンタジーな話になってきたぞ。誰だ、そんなことをエミリーに教えた人間は? エミリーと同列か、それ以上に危ない人間だぞ、そいつは。
「ジューイチも十分、危ない人間なのだ」
エミリーはシンギュラー・ポイントカードを俺に見せびらかしながら、話を続ける。どうやらカードの存在をエミリーに教えた人間は、彼女の父親のようだ。要するに、エミリーマートの社長。アルバイトの俺にとって、最も逆らってはいけない存在の一人。
「そうだぞ、そうだぞ! 父上は、お偉いさんなのだ――怒らせると、怖いのだ……」
父親に怒られたときのことを思い出したのだろう。エミリーはガクガクと震え始める。
「とにかく! 我が結社はこのカードを集め、特異点に至り、世界を征服することを目的としている! 既に三枚集めた! 順調なのだぞ!」
「世界征服には何枚必要だ?」
「知らん!」
随分とまあ、自信満々に言い放つじゃないか。目標数がわからないモノをよく集める気になったな。エミリー、お前は父親に踊らされているだけではないか? 可哀想に。
「父上は嘘を吐かないぞ! ジューイチが無知なだけなのだ!」
「オーケー、オーケー」
「むぅ! 信じていない顔なのだ!」
「俺は何事も、まず疑う傾向があるからな」
シンギュラー・ポイントカードの件は、エミリーの父親が世界征服を夢見る娘のために言い聞かせたフィクションだろう。そんなカードが存在するならば、もう既に誰かが世界を征服していても、おかしくないはずだ。そんな話を得意気にするくらいなら、世界征服以前に、コンビニの制服をきちんと着るべきだ。マントなんか付けている場合ではない。
「ん? なんか、レジの方が騒がしいな」
この時、俺は判断を誤った。
エミリーの話を疑う自分自身を、まずは疑うべきであったのだ。彼女の話を、仮にも俺自身が所属したばかりの秘密結社の首領の話を疑うなんて、構成員失格である。
まずは相手と向き合い、しっかりと話を聞くことが重要であった。相手を疑うことは、相手から逃げていることと同義であることに気づくのに、俺は人生経験が足りなかった。
つまり、この後。何が起きたのかというと――
「あ、エミリー! こんなところにいた!」
「マドカ? どうしたのだ?」
レジカウンターから、マドカが慌ただしくバックヤードに入ってくる。
「レジが襲撃された! 相手は『ファンタスティック・ドーン』の《ミラージュ・ルージュ》だ! 今日もコンビニ強盗と言い張って、カードを奪いに来ているよ!」
「ほぅ! 我が宿敵、ロコが来たというのか! 面白い!」
エミリーがレジへ走り出す。何だ? コンビニ強盗と、言ったのだろうか。カードを奪いに来た? シンギュラー・ポイントカードを、奪いに来ただって?
そんな、馬鹿な。だって、そのカードはただのファンタジーではないのか。
「ジューイチも来るがいい。シンギュラー・ポイントカードが、ただの御伽噺ではないという事実を見せてやるのだ!」
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