山崎麻衣は招待したい

#18 サンタさんは季節外れだと思うよー

 ロコが我が結社の一員となり、エミリーマートで働き始めてから二週間程度経った。


「ジューイチくん、店舗前の掃除よろしくね!」

「もちろんです、店長」

「ははっ! 指示を聞いてくれるのかい? サンキュー!」


 俺は店長の指示で、店舗前の清掃を行っていた。まあ、店長の指示が無くても、俺は元々掃除が好きで得意なので、レジ応対の隙を見て、掃除をしようと思っていた。


 これくらいしか、俺の特技、無いからね。


「なんか今日暇だしな。お客様の出入りがいつもより大人しい」


 何かが起きる前触れなのだろうか。いかんな、こんなことを考えていると、以前起きていたロコの微笑ましい強盗事件のようなことが起きてしまうかもしれない。


 集中! 集中だ! 瀬分重壱、集中! ときめきを運ぶよ、集中トレイン!


逃避行エグザイルでもするつもりなのか? 貴様は」

「エミリーじゃないか、どうした? 実はレジ前が混んできたのか?」

「お前のモノローグみたいな独り言が大きすぎて店内にまで聞こえてきたものでな」

「ふっ、参ったな。もう、お漏らしするような年齢ではないのだが」

「まあ、そんなことはどうでも良いのだ。もはや、貴様のモノローグは我が店舗の名物になりつつあるし」

「えっ! 照れるなぁっ!」

「そんなことはどうでも良い。それよりも――あそこにいる人、何か探しているのか?」

「あの女の人のことか? って、委員長じゃないか」

「知り合いか?」

「俺のクラスの委員長だ。エミリーの言う通り、何か探しているな」

「ジューイチ、行ってやれ」

「しかし、持ち場を離れるわけには――」

「店長には、我から言っておく。困っている人を放置するなんて、秘密結社失格なのだ」

「首領の命令なら、仕方がないか――」


 俺は箒をエミリーに渡して、職務を放棄した――ふふっ、箒と放棄。


「早くするのだ」

「はい……」


 エミリーに促されて、俺は委員長である山崎麻衣に近づいていく。決して、不審者だとは思われないように、断じて、不審者だと思われないように。慎重に、慎重にね。


「やあ、委員長。ごきげんよぉ」

「え、どこかでお会いしたことありましたかー」

「俺だよ、俺」

「こんなにもあからさまなオレオレ詐欺は初めて見たけどー」

「何か探しているのか? 俺で良ければ、手伝うが」

「って、よく見たらジューイチ先生―、どうしてここにー」


 気が付くの、遅くないかなぁ。マイは確か俺の小説のファンを公言しているはずなのに、その小説の作者に気が付かないなんて。それ以前に、俺たちクラスメイトだろう。


 もっと、こう、俺が放つオーラを認識してほしいものだね。


「ふふふー、暗くてよくわからなかっただけだよー。ショックを受けなさんなー」

「泣いてないし!」


 有名になるのは、俺の小説だけで良い。俺自身は有名にならなくて良い。作品だけが知れ渡ってくれれば、それで良いのだ。俺は小説家だから、それが一番良いことなのだ。


 でも、クラスの委員長には覚えていてほしかったかな。同じ学び舎へ通う仲間だし。


「私が探し物をしているって、よくわかったねー」

「いや、気が付いたのはあそこで掃除しているエミリーなんだ」

「エミリー? ああ、真戸笑理さんのことねー」


 エミリーは学校でも有名人である。校内で征服活動を行いつつも、学業優秀、スポーツ万能。秘密結社の首領の肩書に恥じない成績を修めていた。有名になるのは必然であった。


「それで? 何を探しているんだ。ハンカチか? サンタクロースか? それともあの日の思い出か? いずれにせよ、手伝うつもりだが――」

「サンタさんは季節外れだと思うよー」


 俺は何を言っているのだろう。


「実は、家の鍵を失くしてしまってねー。このままだと妹たちも家に入れなくてー」

「ご両親は?」

「今夜はパン屋の取材があって、午後九時くらいにならないと帰って来られないー」


 マイのご両親は、パン職人である。古座市の商店街、その一角に店を構えており、食べるだけで空も飛べるような気分になる『フライパン』という揚げパンが有名である。


 この街の住人なら誰でも食べたことがあるわけではないが、知ってはいるはずだ。


「学童と保育園に妹たちを迎えに行くのは一時間後だから、それまでに家の鍵を見つけなきゃいけないんだよねー」

「ほほぅ。ならば急いで探さないとな」

「良いのー、だってバイト中でしょー」

「首領の命令だからな。ちゃんと時給は発生するさ」

「なら、お願いしようかなー」

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