#2 明日は雨だね

「まーた、ジューイチは難しいこと考えているね。新作が書けないからって、思考が他の領域へ逃避しちゃっているよ。下手をすればそれは病気の域だね」


 昼休み。教室で缶コーヒーを飲んでいると、隣でマドカが野菜ジュースを飲みながら、俺の顔を覗き込んでくる。やめろ。その愛くるしい顔は、俺に毒だ。効いてしまう。


「病気? 俺が?」

「下手をすれば、ね。だって、考えすぎて正常な判断が遠のいているじゃないか。それを病気と呼ばずに何と呼ぶのか、僕は知りたいね」

「なあ、どこの病院へ行けば良いと思う?」

「ジューイチが行くべきところは、病院じゃないよ」


 近くにあったゴミ箱に飲み終えた野菜ジュースのパックを捨てたマドカは、教室の椅子に座り、こちらを向く。彼はニコニコと笑みを崩さない。何か良い考えがあるのだろうか。


「ジューイチが見ている世界は、きっと狭いんだよ」

「どういうことだ?」

「小説ばかり書いて、現実を見ていない」

「そりゃそうだろう。世界が嫌いなんだから」

「いや、それは嫌悪ではなく、逃避だ。何かを好きになったりするのと同じくらい、本当に何かを嫌いになるためには、それと向かい合わなきゃいけない」


 俺が、世界から逃げているというのか? そんな、馬鹿な。ただ――そう言われると不思議と納得できる自分がいた。腑に落ちた、と言うべきだろうか。スッキリした。


 今まで、誰にも言われたことはなかった。指摘されたことがなかった。


「ありがとう、マドカ」

「何さ? 急にどうしたの?」

「何、日頃の感謝を込めただけだ」

「明日は雨だね」

「そこまで言うか」


 俺は、良い友人を持った。それだけでも、まだこの世界を嫌いになる必要がない証拠なのだろう。一度、本気で世界を見ても良いのかもしれない。未知の結末を探すために。


「それで? 俺はどこへ行けば良い?」

「君もよく知っている場所さ」


 それは、答えになっていないのではないか。俺が知っている場所なんて、この街でも多数存在するぞ――俺の疑問を他所に、マドカはやはり笑みを崩さずに、言葉を紡ぐ。


「エミリーマートさ。君はあのメモを見たのだろう?」

「あ、ああ」


 確かにコンビニであのメモを見たことはマドカに伝えたが、それが今の話とどのように関係してくるのだろうか。やはり俺は成長できていない。ただ小説家としての才能が、他者よりも多少優れていただけで、一般的な高校生としての頭の回転が足りない。


 マドカは何か意味があって、エミリーマートへ導こうとしている。俺も友人として、それに応じなければならない。


「ジューイチ、世界征服に興味はないかい?」

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