第25話 没落令嬢の兄(2)

「マリス兄様。お困りのことはありませんか? 私、近くに越して来ようかと思うのですが」


 窺うようなリュリディアの視線をマルセリウスは笑い飛ばす。


「ボクのことなら気にしないで。リョクとアイとトウがよく面倒を見てくれている」


 アイとトウは今は亡き先代当主夫妻の合成魔獣だ。魔獣との契約には膨大な魔力を消費するので、人につき一体とされているが、マルセリウスだけは特別に本契約のリョクの他に仮契約で追加の二体の合成魔獣と契約している。


「リュリは大丈夫なの? お金のこととか。ちゃんとご飯食べられてる?」


(うっ)


 そこを突かれると痛い。なかなか定職に就けず、毎月の家賃にも苦労する生活だ。しかし、自分のことよりもっと心配なのは、


「兄様こそ、大丈夫ですか? その……霊薬の費用は……」


 マルセリウスの生命を維持している霊薬は高い。この屋敷は研究施設にもなっているから、自宅で薬品を調合できる分コストは抑えられているが、それでも材料費だけでリュリディアの住む長屋の家賃の百倍は掛かっているはずだ。リュリディアの持ってきたマンドレイクなど焼け石に水。

 政府にアレスマイヤー家の本邸が接収されて三ヶ月。


『ボクはどうとでもなるから、リュリは自分の生活を第一に考えて』


 と言われて従者と二人暮らしを始めたが、いつだって気がかりなのは兄のことだった。そろそろ霊薬素材の在庫も尽きる頃だ。しかもアレスマイヤーの家名を冠する全ての利権を停止されているので、収入がない。

 妹は兄を生かすためなら何だってやるつもりだ。だから今日、彼の現状を見に来たのだが……。


「ボクの方は問題ないよ」


 マルセリウスはあっけらかんと笑う。


「リュリは冒険者ギルドって知ってる? ボクの友達があの団体の総帥なんだけど、彼に頼まれて情報共有ツールを開発したんだ。その使用料で毎月城が建つくらいの収入があるから、霊薬の費用は十分賄えるよ」


 ……。


「え? 兄様がこれ作ったの!?」


 いきなりの爆弾発言に、リュリディアはブラウスの下にしまっていた三角プレートを引っ張り出してマルセリウスに突きつける。


「あ、リュリも冒険者登録したんだ。その合金、結構すごいでしょ? シャウラト家の錬金理論を基にしたんだけど、ここまで小型軽量化するのは苦労したんだよ。プレートの中には四十二の術式を簡略化して仕込んであるんだ。拠点から魔力信号を発すると、特定の術式が反応して情報を送信するシステムになってて……」


 滔々と語る兄に、妹は眩暈を覚える。

 どこの天才が作ったのかと思っていたら、アレスマイヤー家うちの天才でした。

 病床に伏していても、大魔導師は健在だ。


「でも、冒険者ギルドの総帥とお友達って?」


「ヒロヤって言うんだ。ボクと同い年だよ。二年前、ボクの論文を読んで突然この家に訪ねてきたんだ。冒険者ギルドを買い取ったからサービス拡大のために組織内ネットワークのシステムを構築してくれって」


「買い取ったって、兄様と同い年なら今十八でしょう? そんなに若いのに実業家なの? 貴族家の方かしら?」


「ヒロヤは異世界転移者で、三年前にこの国に来たって言ってた。ニホンの知識で富豪になるんだって」


 情報量の割に説明がざっくり過ぎる。


「今でもたまにここに遊びに来て、お喋りして帰っていくよ。彼の故郷はゾディステラとは全く違った文明を築いていて、興味深いんだ」


 兄の妙な交友関係に若干の不安を覚えるが、本人が楽しそうだから口を出さずにおこう、リュリディアは自分で自分を納得させる。マルセリウスに害を与える相手なら、合成獣達が黙っていないだろうし。


「だからリュリも生活に困っているのなら、こっちから仕送りしようか? 離れに住んでもいいし、研究室も使ったらいい」


 逆に気遣われたリュリディアは――


「いえ、大丈夫です。コウと二人でしっかり生活していきますわ」


 ――やっぱり兄には敵わない、としみじみ思うのだった。

 

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