第23話 没落令嬢の除草作業(4)

 床下の浄化を終えて地上に出ると、燦々とした太陽に思わず目を細める。規制線を解かれた街並みはいつもと変わらないのに、何故か空気が美味しく感じる。

 一仕事終えた充実感に、リュリディアは大きく深呼吸する。

 民家の前で同僚と話していたカクトスは、アレスマイヤー家の主従が出てきたのを見つけると、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ご協力ありがとうございました。リュリディアさん、コウさん」


「まあ、政府に協力するのは帝国民の義務だものね」


 令嬢は得意げにふんぞり返る。従者からマンドレイクを受け取りながら、役人は書類片手に淡々と事務処理をこなす。


「今回の業務ですと相場は銀貨六枚なのですが、よろしいですか?」


「え、安くない? アレスマイヤーの魔法使いを雇うなら最低日当金貨一枚は必要よ」


 リュリディアは強気に出るが、


「反逆者一族には無料の社会奉仕活動が妥当なのですが」


 ひどい返し方をされた。


「……いいわよ、市井の相場で」


 背に腹は代えられない。妥協した名家の令嬢に若い役人は目を細める。


「では、手続きのために役所にご同行ください」


「面倒くさいわね」


「規則ですから」


 カクトスに先導されて、リュリディア達が歩き出そうとした、その時。


「ミースター!」


 前方から砂煙を上げる勢いで、中年男性が駆け寄ってきた。

 カクトスの官服に似た白の詰襟ローブに刺繍が多いのは、彼の方が職位が高い証拠だろう。


「どうされましたか? 主任」


「どうしたもこうしたもあるか!」


 涼しい顔のカクトスに、主任と呼ばれた中年男性は口角泡を飛ばしながら怒鳴り散らす。


「貴様、上層部の指示を無視して魔法案件を処理したそうだな? しかも勝手に周辺住民を避難させて! 平の下級文官がこんな勝手な真似をして許されると思っているのか!」


「申し訳ありません。しかし、これは急を要する事態であり、特例三十七条では……」


 落ち着いた部下の説明を、激昂した上司が遮る。


「言い訳はいい! よりにもよって魔法士隊絡みで厄介事起こしやがって。出世に響くぞ。責任は全部お前にあるんだからな! 俺は何も見てないぞ、関わってない!」


 無責任な物言いの上司を、カクトスは冷めた目で見る。


「それでは、民間業者への支払いは?」


「知るか! 貴様が勝手にやったことだろう。俺は尻拭いするつもりはない! 上層部への説明は自分でしろよ。ったく、たかが雑草に大騒ぎしやがって」


 湯気が出るほど顔を真っ赤にして言いたいことだけ言うと、上司は足音を怒らせ去っていく。

 カクトスは上目遣いに「えーと」と考えてから、


「と、いうことで、政府からのお支払いはなくなりました」


「ふざけないで!!」


 間髪入れず、リュリディアが叫ぶ。


「私達はあんな魔法災害マジックハザード寸前の状況を止めたのよ? 褒められこそすれ批判されるいわれはないわ! しかもタダ働きなんて許せない!」


「まあ、それがお役所ですから」


 飄々としたカクトスの胸ぐらを、リュリディアはぎゅっと掴んだ。


「あなた、悔しくないの!?」


「僕は役人ですから」


 表情を変えない顔が憎たらしい。

 リュリディアは何か言おうと口を開いたが……何も言わずに唇を噛んだ。そしてローブから手を離すと、踵を返す。


「もういいわ。コウ、行くわよ」


 呼ばれた従者はカクトスに深々と頭を下げると、主人の後についていく。

 残された若い役人は小さくため息をつくと、遠ざかる上司に呼びかけた。


「主任、今回駆除した雑草はどう処理しましょう?」


 上司は振り返りもせず、


「知らん! 俺の目の付かん所に処分しろ!」


 承知しましたと答えたカクトスは、すかさず主従の元へと歩き出す。


「上司の許可をもらいました。このの処分をお願いします」


「……へ?」


 先程収穫したばかりの新鮮マンドレイクをドサッと渡され、リュリディアは目が点になる。

 だって、この魔物系植物は大変貴重で……一本で金貨二枚分の値打ちがある。折れていても加工できるので、その価値は変わらない。


「では僕は事後処理が残ってますので」


 さっさと同僚と合流するカクトスの背中を、リュリディアは呆然と眺める。


「なんなの? あいつ」


 魔法に理解のない主任が知らなくても、カクトスがマンドレイクの値段を知らないわけがないのに。

 結局リュリディア達は相場以上の利益を出してしまったのだ。


「本当に訳分からない奴ね、カクトス・ミースターって」


 ぶつくさ文句を言う主人に、従者はさらりと、


「コウはカクトス様のこと好きですよ」


「どうして?」


 不審げなリュリディアに、コウは微笑みを返す。

 何故なら――


 カクトスの作成中の書類には『業者二名、一人につき日当銀貨三枚』と書いてあった。


 ――彼はいつも、コウを『個人』として扱ってくれるから。

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