第22話 没落令嬢の除草作業(3)

「では、マンドレイク駆除作戦を開始するわ」


 カクトス達役人が周辺住民を避難させるのを待って、リュリディアは高らかに宣言する。

 主人の声に応じて紙でも裂くような軽さで従者が床板を素手で剥がし、身動きのできるスペースを確保してから令嬢が地面に下りる。

 近づいたリュリディアに、マンドレイクはザワッと葉を揺らして威嚇する。なかなか自己主張の強い魔物系植物だ。


「どのような方法で除草するんですか?」


「マンドレイクの周りを結界で囲んで、風の精霊に干渉して音の伝達を遮断するの。それから無音の空間で引き抜く」


 問いかけるカクトスに簡単に答える。土から抜いてしまえば、この植物は無力化する。


「私が結界に入って処理するから、あなた達は外で待ってなさい」


 リュリディアは適当な小石を拾い、地面に複雑な紋様を描いていく。これは『魔元文字』と呼ばれる魔法の術式を構築するために使われる言語だ。

 結界の術式を綴るリュリディアに、コウはいいえと首を振る。


「リュリ様に危険な真似はさせられません。コウが結界に入ります」


「そうですよ。この場合、コウさんが適任ではありませんか」


 従者の言い分に役人が同意する。

 合成魔獣であるコウは魂がないので、万が一マンドレイクの絶叫を聴いても死ぬことはない。カクトスも連絡官としてアレスマイヤー家のである合成魔獣の存在を知っている。その上での二人の発言だが、


「嫌よ。これは私の仕事」


 リュリディアは頑なに拒絶する。従者に仕事をさせたくないのは、令嬢の意地だ。しかし、


「では、コウはせめてリュリお嬢様の傍にいます。それがコウの役目です」


「僕もここにいますよ。役所発注の業務ですから、見届人として」


 一人は忠誠心、一人は義務感から、結局誰もその場を離れない。

 釈然としない思いに眉根を寄せながら、リュリディアは完成させた結界術式のの中にコウと二人で入る。


「今から結界を発動させるから、音が漏れていないか確認して」


 令嬢が呪文を唱えると、地面の魔元文字から光が溢れ、ドーム型の障壁となってアレスマイヤー家の主従と足元のマンドレイクを包み込む。


『聞こえる?』


 リュリディアは結界外のカクトスに呼びかけるが、自分の声すら聞こえない。呼ばれた彼もパクパクと唇を動かすだけで、何を喋っているのかは聞こえない。耳が痛くなるほどの静寂。結界内の音という音が完全に遮断された証拠だ。

 悲鳴さえ抑えられれば、あとはただの根野菜の収穫だ。リュリディアはコウに目で頷いてから、しゃがんでマンドレイクの葉を一束握り、一気に土から引き抜いた。


「〜〜〜〜〜!!!」


 血走った目を見開き、虚空の口を大きく開けて、太い根に張り付いた顔が驚愕に歪むが、その断末魔は誰の耳にも届かない。すぐに四肢に似た根をだらりと垂らし、大人しくなる。


(案外、簡単じゃない)


 収穫物を目の高さに上げ、リュリディアは満足気に微笑んだ。一本目を無事に抜き終えると、心に余裕が生まれる。土は柔らかいし、マンドレイクの全長も小振りの大根サイズ。さして腕力もいらない作業だ。

 リュリディアは鼻歌混じり(※無音)に、二本三本と魔物系植物を収穫していく。そして四本目、最後の一本を悠々と引き抜いて――


 ゾゾゾッ!!


 ――思ったより長い根が飛び出してきて、勢いあまって尻もちをついた。

 地表に出ている葉だけでは気づかなかったが、最後の一本は発育が良く、長さも太さも他の三本の倍はあったのだ。そして……ひげ根も丈夫に育っていた。

 地中に張り巡らされていたひげ根は、太い茎と根が引きずり出されるのにつられて、周りの土を巻き込みながら地表を盛り上げていく。

 ボコボコと柔らかい土が崩れ、地表に細かなヒビが入る。そのヒビが結界の魔元文字に到達したと同時に、


「あ」


 リュリディアは自分の焦る声を聞いた。結界が崩れた!

 反射的に手元を見ると、抜かれたばかりのマンドレイクが苦悶の表情で口を開き、今まさに叫び出す直前で……!


「っ!」


 瞬きもせず見つめるリュリディアの目の前で、マンドレイクの顔が弾けた!

 破片が飛び散り、根野菜の汁が彼女の秀麗な頬を濡らす。

 何が起きたか分からず呆然と見上げると、険しい表情で腕を突き出すコウの横顔が映った。従者が咄嗟に手を伸ばし、魔物が声を発する前に体ごと握り潰したのだ。


『お怪我はありませんか? リュリ様』


 気遣わしげにコウの唇が動く。


『ええ、大丈夫……』


 頷いたリュリディアはふと気づいた。

 声が聞こえない。

 結界が復活している!?

 慌てて地面のヒビを目で辿ると、終着点には銀縁眼鏡のカクトスが膝をついていて、細い指先で崩れた魔元文字をなぞっていた。

 リュリディアはマンドレイクの無力化を確認してから、結界を解いた。


「お疲れ様でした。リュリディアさん、コウさん」


 悠然と立ち上がるカクトスに、彼女は猛然と走り寄った。


「カクトス・ミースター! あなた、魔法使いだったの!?」


「違いますよ」


 あっさり否定される。


「僕はただの小役人です。宮仕えの魔法使いなら技能手当がついて、もっと生活が楽になるのですがね」


 飄々と首を竦める彼に、令嬢は納得できない。ならば何故、破れた結界を修復できたのだ?


「僕は周辺地域に避難解除を伝えに行きますから、土壌の浄化をお願い出来ますか? 次のマンドレイクが生えないように」


「……分かったわ」


 不可解な思いを抱えたまま頷くリュリディアに口の端だけで微笑み、カクトスは民家を出ていく。

 魔法災害の対処法に詳しくて、壊れた術式をつなぎ合わせるなんて……。


「リュリお嬢様?」


 腕にマンドレイクを抱えて顔を覗き込んでくるコウに、リュリディアは形の良い唇を尖らせた。


「変な奴」

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