第21話 没落令嬢の除草作業(2)

「仕事?」


 訝しむリュリディアに、カクトスは「こっちです」と規制線をくぐった。民家の前に立つ憲兵に挨拶してドアを開ける役人に、アレスマイヤー家の主従もついていく。

 室内を覗き込むと、


「うっ」


 異様に淀んだ空気にリュリディアは息を詰めた。強い魔力と呪詛の香りに頭が痛くなる。


「何、この家……」


 顔色を悪くする魔法使いに、役人は淡々と説明する。


「十数年前から空き家になっていたのですが、最近老朽化が進んで取り壊そうという話になって、室内の確認のために解体業者が中に入ったら腐った床板を踏み抜いて……」


 カクトスは床の大きな穴を指差す。


「あんな物を見つけたのです」


 穴の下はむき出しの地面になっていて、ジメジメと湿った土の中からは青々とした草が四株生えていた。土から覗く膨らんだ根には落ち窪んだ二つの目がついていて、陰気にギロリとこちらを睨んでいる。大根や人参に似た形のそれは、


「マンドレイクじゃない。なんでこんな住宅街に生えてるのよ?」


 本来なら魔境の森や絞首台の傍で育つはずなのに。リュリディアの疑問をカクトスがあっさり解決する。


「前の住人が縊死したようです」


 運悪く生育条件が揃ってしまったのだ。

 マンドレイクは魔法薬や錬金術の材料に使われる、稀少で高価な植物だ。しかし、厄介な特性を持っている。


「ご存知の通り、マンドレイクは引き抜くと悲鳴を上げ、その声を聴いた者は命を落とします。もしこのまま放置して、うっかり野良犬が入り込んで引き抜いたり、建物が倒壊した振動で抜けてしまったら……」


「大惨事じゃない!」


 マンドレイクの絶叫は、軽く見積もっても三区画先まで響く。声の聴こえる範囲にいる全ての生物が死ぬなんて、もはや災害だ。

 しかも、マンドレイクには毒性があり、成熟すると自分で土から抜け出し歩き回ることもある。普通の野菜と間違って誰かが食べてしまう可能性だってあるのだ。

 現在の熟れ具合だと、そろそろ歩いてもおかしくない。


「政府の魔法士隊に駆除を要請したのですが、急務で明日まで来られないと。それで、民間の魔法機関に頼もうと思っていたところであなた方を見かけて」


 声をかけたというわけだ。


「リュリディアさん、あなたはそこら辺の魔法使いよりよっぽど実績があります。何分、多くの命が掛かってますので自信がないなら断っていただいて構いませんが、できれば我々に協力してください」


 そんな言い方をされたら……。


「分かったわ。このリュリディア・アレスマイヤーに任せなさい!」


 胸を叩いて堂々と宣言する。

 ……かくして、反逆者一族の令嬢は、政府の依頼を受けることになったので

あった。

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