第18話 没落令嬢とゴロツキ(1)

「こちらに受取のサインをお願いします。ありがとうございました!」


 完璧な営業スマイルで扉を閉める。


「よし、これで最後ね」


 伝票をショルダーバッグに収め、リュリディアは満足気に息をつく。今日の彼女の仕事は、手紙や荷物を個人宅に届けること。

 実は、求人酒場で一番多い募集は『配達人』の仕事だ。

 配達のシステムは、依頼人(差出人)が冒険者ギルドの系列店(ここでは求人酒場)に荷物を預け、ギルドがクエスト依頼票を発行し、依頼を受けた冒険者が荷物を届けるのだ。クエスト単価はさほど高くなく、交通費は自腹なので採算の取りにくい仕事だが、同地域への依頼を纏めて受けることができれば利益は上がる。

 今回、リュリディアは帝都内で七つの荷物を運んだので、乗合馬車を使ってもきちんと元が取れる計算だ。


(でも、私一人では運べる量が少ないから効率悪いのよね。交通費もかかるし。馬……は無理だけど、ヤギかロバを飼おうかしら。荷車を引かせられるし、ミルクも採れたら一石二鳥だわ。何より可愛い)


 馬車を所有する冒険者は、他のクエストの合間に大型の荷物を配達して利益を得ているという。とりとめのないことを考えつつ、リュリディアは首に下げた三角プレートを手に取る。

 この『配達人クエスト』は、紛失や盗難の予防として冒険者登録した者しか受けられない決まりになっている。


(それにしても、すごいわね。『冒険者登録これ』って)


 しみじみ感心する。『配達人クエスト』は、品物の届け先で受取のサインをもらい、そのサインの入った伝票を求人酒場に提出することで依頼完了となり、報酬をもらえるのだが。情報が共有されているので依頼を受けた酒場以外でも、冒険者ギルド系列店ならどこで伝票を提出しても報酬を受け取れるのだ。


(この情報伝達システムを開発した人は、魔法構築学の天才ね)


 リュリディアもその分野では第一人者ではあるが、常に魔力を放つ合金板プレートと膨大な冒険者の情報を蓄積する場所を作るなんて、想像するだけで気が遠くなる。しかもその高度な魔法技術を、魔法使いでない人々が普通に利用できるのだ。

 エレーンの話によると、『冒険者ギルド』自体は数十年の歴史ある団体だが、総帥が変わった二年ほど前から急激に事業を拡大し、登録者を増やしているという。


(この技術が学べるなら、冒険者ギルドに就職するのもアリよね)


 どこに本社があるのかも知らないけれど。

 報酬を受け取り、すっかり遅くなった夜の街をリュリディアは独り歩いていく。

 長屋までの道には軒先にランプの吊るされた家屋が多いので、仄かに明るい。

 一見歩行者に優しく見えるこの外灯は、実は非合法な賭博場や宿屋の場所を知らせる合図だ。

 正直、うら若い娘が暮らすには治安の悪すぎる地域だが、反逆者一族が住める場所は限られているので仕方がない。

 早く帰らないとコウが心配すると足を速めた瞬間。突然、路地から飛び出してきた二人組の男に、ドンッ! とぶつかられた。


「みゃっ!」


 衝撃に猫みたいな声を上げて、少女の重量の軽い体はよろめく。


「何をするの? 謝りなさい!」


 気の強いリュリディアが怒鳴った時には、男達は闇の彼方に消えていた。


「もう!」


 行き場のない憤りをため息として吐き出し、彼女はぶつかった肩に手を当てて――


 ぬるり。


 ――指先に触れたぬめった感覚に呼吸を止める。広げた手のひらには、血がついていた。


「なに……?」


「ぅっ」


 驚愕するリュリディアの耳が、小さな呻きを拾った。それは男達が出てきた路地から聞こえている。


「誰かいるの?」


 警戒しながら暗い路地へと足を踏み入れる。すると、月明かりにぼんやりと男が一人座り込んでいるのが見えた。

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