第17話 没落令嬢は家庭教師(2)
よく刈り込まれた芝生と季節の花が彩る中庭。
「ここが一番僕の魔力と相性がいいんだ。風の精霊の息吹を感じるだろ?」
「……はあ」
清々しく深呼吸するガデナスに、気のない返事を返す。
取り立てて何の霊力も感じない普通の庭だが。
「その無駄にデカい目玉見開いてよーっく見ておけ!」
少年は偉そうにふんぞり返って、一本の楓の木を指差す。
………………。
数分見つめた後……。
ひらり、と葉っぱが一枚落ちた。
「ほら! すごいだろ!」
「……はあ」
大興奮のガデナスに、リュリディア目が点になる。
葉が落ちたことは、偶然か故意かも解らない。いや、これが故意だとしても酷すぎる。
測定器にも反応が出るかも怪しい。ガデナスの魔力は、明らかに魔法学院入学の水準に達していないのだ。十二歳にしてこれでは、門前払いされて当然だ。
「坊ちゃま、申し訳ありませんが、わたくしからあなたにお教えできることはございません」
諦めた家庭教師に、生徒は表情を険しくした。
「どういう意味だ?」
「言葉通りです。坊ちゃまは魔法使いには向いておりません。別の道をお考えになった方がよろしいかと」
「ふざけんな!」
淡々と切り捨てたリュリディアに、ガデナスは食って掛かる。
「どいつもこいつも同じこと言いやがって!」
歴代の家庭教師にも忠告されていたのか。
「僕は魔法使いの才能があるんだ! 魔法使いになるんだ!」
「夢を持つのはご自由に。ただ、実現できるかは別の話です」
「なんだよ、家庭教師の癖に生徒を見捨てる気か!?」
怒鳴りつけて、少年は少女を突き飛ばした。背の低いリュリディアは三才年下のガデナスと同じくらいの身長だ。衝撃に彼女は地面に倒れ込む。
「痛っ! ちょっと、暴力は……」
「なんだよ、お前が勝手に転んだだけだろ!」
流石にお嬢様言葉をやめて抗議したリュリディアを、少年はせせら笑う。
「わざと怪我して金の要求か? タカりのために金持ちに近づくなんて、さすが底辺冒険者だな!」
「……私は仕事をしにきただけで……」
「できてないじゃないか! 何も教えてもらってないぞ!」
「それはあなたが……」
「ああ、そうか。お前、僕の才能に嫉妬したな? 本当はお前が無能なんだろう。だから僕の魔法使いの才能を潰そうとしてるんだな!」
「まさか! そんなことは……」
「違う? 違うなら証拠を見せろよ、底辺冒険者! ホントは魔法なんて使えないんだろ? 使えるんだったらやってみろよ!」
一方的に捲し立ててくる成金令息に、没落名家の令嬢は静かに立ち上がった。
「魔法は天より授かりし奇跡。
年長者らしく毅然と年下を諭したリュリディアだったが……、
「うっせー! もったいぶんな。こっちは金払ってんだから芸くらい見せろ、ブスババア!」
度重なる罵詈雑言に、ぷちっと堪忍袋の尾が切れた。
「では坊ちゃま。とっても愉快な魔法をご覧に入れましょう」
美少女はにっこり微笑むと、詠うように呪文を唱え――
◆ ◇ ◆ ◇
「――で、今回もやっちゃったんですか?」
ポトフの深皿を配膳しながら、執事姿のコウが訊く。
リュリディアはバツが悪そうにフォークを咥える。
「私だって、子供相手に本気で報復したりしないわ。ただ、ちょっと……遊んであげただけ」
「遊ぶ?」
「軽く『たかいたかい』してあげたのよ。その――」
青い瞳を上目遣いに従者を窺いながら、
「――屋根の上まで」
「はぁ!?」
さすがのコウも素っ頓狂な声を出す。
「と、飛ばしたのですか?
「ええ。だけどちゃんと安全に考慮したし、無傷で返したわ。ちょっと大掛かりなアトラクションみたいなものよ」
そういう問題ではない。(二回目)
当然ステンジー夫人は大激怒で、即刻クビを言い渡され、給金ももらえなかった。
「求人酒場に家庭教師依頼って時点で怪しむべきだったのよね」
ぐでっとテーブルに突っ伏す令嬢の金の髪を、従者が優しく撫でる。
「一日でクビになったのは、むしろ幸運ですよ。世界一愛らしい私のリュリお嬢様が不当に蔑まれるなど、コウには堪えられませんから」
真摯な声で言われると、それだけで気持ちが浮上してしまうのだから、リュリディアは単純だ。
「さ、冷めないうちに召し上がってください」
「ええ」
ポトフのジャガイモを一口齧って、彼女はふと、
「あら、これいつもの味じゃないわね。美味しいけど」
もぐもぐ咀嚼する主に従者は頷く。
「昼間、お隣のマーガレットさんがお仕事に行っている間にお子さんをお預かりしまして、そのお礼に頂いたのです。こっちのパンは共同浴場の薪割りをしたお礼にとエレーンさんから」
「へえ。……って」
リュリディアは少し考えて、
「それって、コウが仕事をして報酬をもらってるってこと?」
訝しむ主に、従者はしれっと返す。
「いいえ。あくまでこれは『お手伝い』です。ご近所さんとの相互幇助です。コウの仕事はあくまでリュリお嬢様の従者ですよ」
「そう……よね?」
なんとなく釈然としないまま、リュリディアはポトフを啜る。
――知らぬ間に着実に従者に養われつつある主であった。
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