第32話 没落令嬢と求婚者(5)
「あー、無駄な労力を使ったわ……」
リュリディアは、ダイニングテーブルに突っ伏してぐったりする。
「まったく失礼な話よね。同情で結婚してくれるなんて。私はそこまで落ちぶれてないわ」
「あながち、同情だけではないと思いますがね」
頬を膨らませる主に苦笑して、従者は新しい紅茶を差し出す。
「お嬢様がご不満でも、コウは誇らしかったですよ。リュリお嬢様は複数の方から求婚させるほど魅力的なお方だと再確認できて」
そういわれると悪い気はしない。でも――
「――私は自分が好きな人に好かれるだけでいいのに」
乙女心は複雑だ。
「リュリお嬢様にはそういう方はいらっしゃらないのですか?」
「いないわ」
訊かれて即答する。
「私は人付き合いが上手くないし、お母様みたいに『運命の人』に巡り合う機会もなかったし」
――リュリディアの父母の出逢いは劇的だった。
アレスマイヤー家の一人娘だった母ヘンリエッタ(当時八歳)は、魔法学院の入学式で父ケーレブ(当時十歳)を一目見た瞬間、雷に打たれたような衝撃を受けたという。
『わたくし、あなたと結婚しますわ!』
ヘンリエッタに初対面で挨拶の前に宣言されたケーレブは、その十年後に本当に彼女と結婚してしまった。
ケーレブは魔力測定にギリギリで引っかかってしまっただけの、魔法とは一切関わりのない庶民の出身だったが、魔導大家のお嬢様の暴挙はすんなり家族に受け入れられた。曰く、『運命なら仕方がない』と。
ヘンリエッタの母は、星の動きや空の色、肌で感じる空気の質感から未来を占う『
それから第一子が生まれ、ヘンリエッタが家督を継ぎ第二子が生まれた後も二人は仲睦まじく、アレスマイヤー家も順調に繁栄を続けていたので、母の一目惚れは正しかったのだとリュリディアは信じている。……二人が行方不明になった今でも。
沈みそうになる心を、頭を振って切り返る。
「コウは、私が誰かの元にお嫁に行っても寂しくないの?」
紅茶に息を吹きかけ冷ましながら上目遣いに訊いてみると、従者はにっこり微笑む。
「ええ。リュリお嬢様が愛する人と結ばれるのなら、これ以上ない喜びです」
「……そう」
なんとなく落ち込んでしまった令嬢だが、
「それに、コウはお嬢様の嫁入り道具ですから、どこまでも着いていきますよ」
従者の一言で浮上する。
「そうね。コウがいれば、私はどこでも生きていけるわ。でも、道具って言い方はやめて」
「善処します」
畏まる従者の傍らで、令嬢は紅茶を啜る。
暖かな昼下がり、主従はまったりと時を過ごした。
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