第31話 没落令嬢と求婚者(4)

「横入りして、勝手に話を進めんな! 今! 俺がリュリディアにプロポーズしてたんだぞ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴るラルフに、リュリディアと握っていた手をはたき落とされたスロークは、手の甲をさすりながら想い人を見る。


「この方と結婚するのですか? リュリディア嬢」


「しないわ」


 即答だった。


「だ、そうですよ?」


 サラリとスロークに返され、ラルフは短い銀髪を逆立てる。


「じ……じゃあリュリディアは、この変な優男と結婚するのか!?」


 騎士の節くれだった人差し指で細身の青年魔法使いを差され、美少女は表情を変えず、


「無理」


 ガーン! という書き文字が頭上に見えたと錯覚するほど、スロークは真っ青になる。


「そんな……では、リュリディア嬢は誰と結婚するおつもりですか!?」


「なんで人生の大切な選択をこの場でしなきゃならないのよ? そんなの私のタイミングで決めるし、あなた達の二択にする義務もないわ」


 冷たく言い捨てると、リュリディアは顎をしゃくった。


「コウ、もうお茶は出さなくていいわ。お客様のお帰りよ」


 スローク用のティーカップを用意していた従者が手を止める。


「待てよ、話は終わってない!」


「そうです。色よい返事が聞けるまで帰りませんよ」


 令嬢に詰め寄る求婚者二人の間に、すかさず従者が割って入った。


「ラルフ様、スローク様、今日はどうかお引き取りを。主人は疲れておりますし、大声を出されてはご近所の迷惑です」


 コウの説得に、それでも二人は引き下がらない。


「おい、使用人。お前だってリュリディアがこんな場所で生活するのは良くないって分かってるだろ!」


「そうですよ。いぬならば狗らしくご主人様の幸せを考えて……」


 ――その瞬間、リュリディアがキレた。


「あなた達、私の家から!」


 ダンッ! と少女が床を靴の踵で蹴りつけると、


「……へ?」


 青年二人は、外にいた。

 板張りのオンボロ長屋、ドアの閉まったリュリディアの部屋の前にラルフとスロークは立っている。


「な……なんだ? なんで俺達、外にいるんだ?」


 一歩も動いた記憶はないのに、何故か室内から屋外に出てしまった。訳が分からず頭を抱える騎士に、魔法使いが答える。


「転移と結界魔法のアレンジですね。事前に部屋全体に結界を張り巡らせておき、術者の意志で侵入者を部屋から強制的に排除する。迷宮彷徨陣に引けを取らない妙技、さすがはリュリディア・アレスマイヤー! あれだけ大掛かりな術式を立てながら、発動まで魔力を悟らせないとは」


「感心してる場合かよ」


 魔法に疎いラルフに呆れた視線を向けられながら、スロークは切々と語り続ける。


「彼女の才能を野に埋もれさせるのは、あまりにも惜しい。私なら、筆頭大家の権力と潤沢な財力で彼女を庇護し愛でて甘やかしてあげられるのに。なのにリュリディア嬢はどうして素直に私の愛を受け入れてくれないのですか?」


「多分、殺しかけたからじゃね?」


 ラルフが正鵠を射た。


「おかしいですね、極限状態の方が愛は燃え上がるものなのに」


「物事には限度があるだろ」


 罪悪感のなさが空恐ろしい。

 ブツブツ不平を述べるスロークの背中を、ラルフはポンポンと叩いた。


「ほら、飲みに行こうぜ! 失恋には酒が効く」


 慰める騎士に、名家の魔法使いは目を上げて、


「あなたごときが私の口に合うお酒を出す店を知っていると?」


「お前、性格悪いな」


 口の方を合わせろ、と説教するラルフは面倒見が良い。


「言っておきますが、私はリュリディア嬢を諦めませんからね」


「奇遇だな、俺もだよ」


 フラれ組二人は小競り合いしながらも仲良く酒場に消えていった。

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