第12話 没落令嬢と素材集め(4)

 広葉樹の梢の間で、いばらの藪が不自然に揺れている。

 その揺れは右へ左へと徐々に大きくなっていき、ついには――


 ゴシャアアァァ!!


 ――轟音を上げて地面が隆起した!

 よく見ると盛り上がった土の下には、太く短い四肢が生えている。小高い丘のような背中にびっしりと茨を群生させ、長く延した首でこちらを睨んでいるのは……、


「か、亀⁉」


 ……だった。

 熊の五倍はあろうかという巨大な亀が、突如主従の前に現れたのだ。

 長く伸びたくちばしに尖った爪、甲羅に生えた茨。リュリディアは、それの正体を知っていた。


茨陸亀ソーントータスだわ……!」


 図鑑で観たことがある。コズバース大陸の南にしか生息しない原生の魔物。それがなぜ、東側に位置するゾディステラ帝国にいるのだ⁉

 大木を踏み潰しのそのそと近づいてきた茨陸亀は、呆然と見上げる二人の前でブルリと体を震わせる。すると背中の棘が矢のように発射され、周囲に降り注いだ!


「リュリ様!」


 コウは咄嗟にリュリディアに飛びつき、抱きしめたまま地面に伏せた。彼らの頭上スレスレを、茨の棘が通り過ぎる。

 間隙を縫って立ち上がると、コウは主を抱えて大木の後ろへ逃げ込んだ。


「リュリ様、コウの『制限解除』を」


 間近で囁く彼の頬には血が滲んでいた。棘が掠ったのだろう。


「……いやよ」


 リュリディアは首を振る。


「私はコウを使


「意地を張っている場合ですか!」


 頑なな主を従者が一喝する。


「あなたをお守りすることが、コウの使命。私に仕事をさせてください、リュリディア様」


 琥珀色の真剣な瞳で迫られ、リュリディアは空色の瞳を揺らめかせ……、


「やっぱり、いやよ!」


 木の影から飛び出した。


「リュ……」


「コウはそこにいなさい!」


 命令して、茨陸亀へと駆けていく。


風盾ウインド・シールド!」


 口の中で唱えた呪文を解き放つ。

 彼女は稀代と呼ばれる天才魔法使いだ。魔法学院の実習だって、年上の同級生に大差をつけてダントツ一位の成績だった。戦闘は専門外でも、魔導教本に書かれていた呪文は全部暗記している。

 風の障壁が棘を弾き、リュリディアは無傷で亀の前まで突進する。

 爬虫類の魔物は彼女を発見すると、一瞬竦めた首をありったけ伸ばして、その小さい体に喰らいつこうと口を開いた。

 茨陸亀は鋭い嘴と強力な顎を持っている。噛みつかれたら最後、骨ごと喰い千切られてしまうだろう。

 リュリディアは迫りくる亀の頭を後ろに飛び退いて躱しながら、


雷撃ライトニング!」


 黄色く濁った目に雷の呪文を叩きつけた。


 ギュオオォォォン!


 激痛に仰け反る茨陸亀に、魔法使いは勝機を逃さなかった。


土錐アース・ギムレット!」


 リュリディアの掲げた拳に呼応して、魔物の真下の地面が錐のように突き上がる。腹の甲羅を貫くほどの威力はなかったが、大地からのアッパーカットにバランスを崩した亀は後ろ足だけで立ち上がると……コテン! と背中からひっくり返った。

 短い足をジタバタさせ、裏返しの亀がもがく。

 その様子に、リュリディアはほっと肩の力を抜いた。


「リュリ様!」


 追いかけてきたコウが手を伸ばしてくる。


「ほら、私一人で平気でしょ」


 余裕のない表情の彼に、彼女は微笑みかける。


「さ、は――」


 ――やくこの場から離れましょう。という前に、リュリディアの体は吹っ飛んだ。

 何が起こったのか分からない。

 ただ……、驚愕に見開いたコウの目だけが、印象に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る