第11話 没落令嬢の素材集め(3)

「プロキルナル家! あの濃い紫色の髪はそうだと思ったのよね」


 長い金髪をおさげにしたリュリディアは、蔦で編んだ籠を背負って先程よりさらに険しい山道を登っていく。


「スロークって、当主の甥よね?」


「はい。数年前から遊学に出ていたはずですが、国内に戻ってきていたのですね」


 名前さえ判ればある程度の個人情報が知れてしまう。魔法使いの世界は本当に狭い。


「なんでこんな山の中で暮らしているのかしら?」


「プロキルナルは後継者争いの絶えない一族ですから。スローク様の遊学も、ご当主の反感を買って国外追放になったとの噂ですし」


 有力者の屋敷の使用人は総じて情報通だ。コウは魔導五大家の人物相関にはかなり詳しい。


「あそこは家族仲が悪いのよね。よかった、うちは仲良しで」


 しみじみ語るリュリディアの家は没落しているが。


「南東側ってこの辺りかしら?」


 倒木の多い雑木林の中で、彼女は足を止める。大分歩いたので、スロークの屋敷は遥か彼方だ。


「昨日、酒場の帰りに図書館で調べたら、フラゴ茸は雪樺の倒木や切り株に生えやすいって書いてあったのよね」


 研究職の令嬢は予習もばっちりだ。


「あ、あった!」


 倒木をひっくり返した腐葉土の隙間にひょこっと顔を出したキノコに、リュリディアは手を叩いて喜ぶ。


「傘が青白く発光していて、柄はささくれ状。図鑑のとおりだわ」


 実験では粉にした物を使うので、生のフラゴ茸に触れるのはこれが初めてだ。


「傘が柔らかくて簡単に崩れてしまいそう」


「傷が付くとすぐに腐って長時間運搬には不向きなので、市場には乾燥粉末しか出回らないそうですよ」


 コウの補足説明になるほどと頷き、リュリディアは茸を慎重に摘み取り籠に収める。


「あ! ここにも見つけた!」


 次にリュリディアは断面がギザギザな切り株に飛びつき、青白いキノコを収穫する。


「リュリお嬢様、コウもお手伝いしましょうか?」


 這いつくばって落ち葉まみれになるご令嬢に、従者は思わす声をかけた。だが、顔を泥で汚したままリュリディアはふんぞり返る。


「大丈夫! この付近のフラゴ茸は私があっという間に絶滅させてあげるから、コウは黙って見てなさい!」


「……来年のために、小さいのは残しておきましょうね」


 うちのお嬢様は極端だ。


「リュリ様、右奥に茨の群生がございます。お気をつけを」


「分かってるわ!」


 視界の端にわだかまる棘の藪を確認し、リュリディアは頷いた。

 コウは小さく息をついて、近くの木に背凭せもたれる。頬を撫でるそよ風が心地好い。


「見て! もう二十本も採れたわ!」


 遠くから籠の口を向けて見せてくる無邪気な少女に、頬が緩む。たまには大都会を離れて、自然を満喫するのもいい。


「これで来月の家賃の心配はなさそうね」


 良家のお嬢様が生活感溢れることを言う。


「でも、こんなに簡単に収穫できるなら、何故人を雇うのかしら?」


 質問とも独り言とも取れるリュリディアの呟きに、コウも違和感を覚える。

 スロークは、この辺りにフラゴ茸が群生しているのを知っていた。キノコ一本に銀貨一枚は、決して安い額ではない。使い魔が二体もいるのだから、それに収穫させた方がよっぽど低コストだ。

 それなのに、わざわざ外部の人間に依頼するのは、なにか特別な理由があるのだろうか?

 一度生まれた疑念は水を吸った海綿スポンジのように膨れ上がっていく。

 そういえば、何故この場所にはこんなに倒木が多いのだろう?

 あの切り株は、『伐り倒された』というよりは『折れた』という形状ではないか?


「つっ!」


 不意に指先に痛みを感じて、コウは下ろしていた手を顔の前まで持ち上げた。人差し指に小さなとげが刺さっている。よく見ると、彼がもたれかかっていた木の幹に、何本もの棘が刺さっていた。

 ……これは?

 不安が募っていく。居ても立ってもいられず、コウはリュリディアの元に歩き出した。


「お嬢様、そろそろ引き上げましょう」


「えー! もうちょ……」


 リュリディアが不服の声を上げた、瞬間。


 ――ガサリ。


 茨が動いた。

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