第10話 没落令嬢の素材集め(2)

 奥の部屋の扉を開けると、懐かしい香りが鼻孔をくすぐった。

 乾燥した薬草や、溶けた蝋の匂い。天井が高く広い室内。その中央に設置された大きな合金素材の作業台。本棚には分厚い魔導書の数々。ここは、魔法の研究室だ。


「ご主人様、お連れしました」


 一礼するインキュバスに、壁際の机で物書きをしていた男性が座ったままリュリディア達に向き直った。


「我が家へようこそ、お客様」


 年の頃は二十代半ばか。清潔そうな白いローブに身を包み、紫水晶の瞳に長い濃紫の髪を一つ縛りにした青年は、柔らかく微笑んだ。


「私の使い魔が失礼しました。求人酒場の依頼票を見て来た方でしょうか?」


「ええ、そうです。なかなかの歓迎でしたわ」


 嫌味を返すリュリディアに、青年は苦笑する。


「気分を害されたのならすみません。何分、貴重な素材を扱いますので、仕事を受けてもらう方にも相応の魔法の知識があるか確かめさせてもらっているのです」


 それが条件の『要面接』だ。


「で、私は合格かしら?」


「それはもう」


 青年は満足げに微笑む。


「募集事項にあったように、あなた方にはこの山でフラゴ茸を採取していただきます」


「あ、作業するのは私だけよ。こっちは見てるだけ」


 コウに目を向けたリュリディアに、青年はあっさりと、


「それは構いません。こちらは採ってきた分を買取るだけ。作業人数や報酬分配はお好きにどうぞ」


 なかなかさばけた御仁だ。


「期限は日没まで。我が家にはお泊めできませんので、山を下りられる時刻に戻ってきてください。あと、他にも役に立ちそうな素材があれば採ってきてもらえると助かります。薬草等も相場で買取りますよ」


 魔法薬の素材はリュリディアにも馴染み深い、いわば専門分野だ。俄然やる気が出てきた。


「この山って、あなたの所有なのよね?」


「はい」


「自分では採取に行かないの?」


 少女のもっともな質問に、青年は笑う。


「何分、研究で手が離せないもので。自分以外ができる仕事はなるべく外注しているのですよ」


 ……彼は以前の自分と立場が似ている。リュリディアはそう感じた。

 使い魔がいることからも、青年が魔法使いなのは間違いない。そして、立ち振舞や研究室の設備から、資産家であることも覗える。

 正直、リュリディアには名乗らない彼の素性がおぼろげに浮かんでいた。魔法業界は狭い。世情に疎い彼女の耳にだって、良くも悪くも噂は入ってくる。

 だが、下手に追求するのは命取りだ。リュリディアの正体もバレてしまう。ここは気づかぬふりでやり過ごさねば。


「では、早速採取に行ってきますね」


 金髪を翻しドアへと向かう少女の背を、


「あの」


 青年が呼び止めた。


「もしかしてあなたは、アレスマイヤー家のリュリディア嬢ではありませんか?」


 すでにバレていた。

 ぴたりと足が止まる。無表情になる従者の横で、少女は挑むように青年をめつけた。


「自分の身分は明かさず、他人の詮索をするなど失礼ではなくて?」


 怒気を籠めた声に、青年は苦笑する。


「確かに。無礼をお許しください、リュリディア嬢。私はスローク、プロキルナル家の者です」


 プロキルナル家は魔導五大家の筆頭だ。直接会ったことはないが、家同士の繋がりから容姿や特徴を知られていてもおかしくはない。

 それでも……。


「私は冒険者のよ、さん」


 アレスマイヤー家の令嬢は、しれっとすっとぼけた。

 スロークは愉快そうに目を細める。


「これは失礼しました、ディア殿。山の南東側によくキノコが生えていますよ。では、成果をお待ちしています」


 今度こそ振り返りもせず出ていく後ろ姿に、彼は含み笑いで声をかけた。

 リュリディアとコウがいなくなった研究室は、一気に静寂が訪れる。


「スローク様ったら、意地悪ぅ」


 クスクスしながら、サキュバスのサースが主人の肩にしなだれかかる。


「おや、私は本当のことしか教えてませんよ」


 うそぶくスロークの膝に、インキュバスのイースが手を載せる。


「だよね。あそこは一番素材が多い。……誰も近づけないから」


 同じ顔の夢魔達が妖艶に嗤う。


「アレスマイヤーの至宝リュリディア。市井の酒場からこんな大物が釣れるとは。ぜひ、無事に帰ってきて頂きたいものです」


 歌うような口調で呟き、スロークは濃紫の髪を掻き上げた。

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