第27話 没落令嬢の兄(4)

 閉まったドアを背にふうっと息をつく。廊下にはいつからそこにいたのか緑髪のメイドが立っていて、深々とリュリディアに頭を下げた。


「居間にお茶のご用意がございます。どうぞこちらへ」


 先導する彼女の後に続きながら、リュリディアはぽつりと、


「兄様、元気そうで安心したわ」


 主人の妹の言葉に、半分だけ振り返った人型の合成魔獣は淋しげに微笑む。


「今日は薬の量を増やしていますから」


 言われて令嬢はキュッと奥歯を強く噛んだ。胸に苦い思いが広がる。

 マルセリウスは表面は穏やかだが、中身は芯が強くプライドの高いアレスマイヤー家の嫡男だ。目下の者に決して弱さを見せない。

 兄は妹の前では強がってしまうから……リュリディアはマルセリウスと一緒には住めない。


「あ! リュリディア様、おかえりなさい! マフィンいっぱい焼いたんですよー! 食べてください。お土産もありますよぉ」


「お夕食も腕によりをかけますよ。期待していてください」


「ありがとう、トウ、アイ」


 居間から飛び出してきたピンク色のおさげ髪のメイドと藍色髪の執事に、リュリディアは笑顔で相槌を打つ。

 彼らはそれぞれリュリディアの祖父母、つまり先代アレスマイヤー家当主とその夫人の合成魔獣だ。祖父母はリュリディアが幼い頃に亡くなっている。

 アレスマイヤー家が現在所有している合成魔獣は全部で七体。本来、契約者の魔力を動力源とする疑似生命体である彼らは契約者が死亡すると活動を停止し、培養液の中で次の契約者を待つことになるのだが。マルセリウスは本契約のリョクの他にトウとアイの二体とも仮契約を結んで身の回りの世話をさせている。

 合成魔獣を動かすには膨大な魔力が必要で、リュリディアだってコウの維持で精一杯だ。それだけマルセリウスの魔力は桁外れに強い。だからこそ……不治の病に冒されてしまった。


「あとでマリス兄様の検査の数値を見せてくれる? それに、研究室にも行きたいわ。霊薬の調合と合成魔獣あなた達の体調も観てあげる」


 兄の屋敷は国立の研究所や接収された実家と同じくらい最新の機材の揃った魔導研究施設だ。そしてリュリディアはアレスマイヤーの家名に恥じない一流の研究者。ここでなら彼女にも出来ることは多い。


(少しでも兄様の負担を減らして帰らなきゃ)


 それが、自由を許されている彼女のせめてもの償いだ。

 仲間に囲まれる主人の姿を、コウは離れた廊下の影から見守っている。

 合成魔獣は、自分達の創造主であるアレスマイヤー家の人間が大好きだ。血の契約がなければ動くことも出来ない仮初の生命体である彼らが感情を持つなど烏滸がましいかもしれない。それでも彼らにとって『アレスマイヤー』は特別で唯一絶対だ。

 アレスマイヤー当主夫妻が行方不明の折、主であるマルセリウスが緩やかに衰弱していく状況で、リョク達はとても不安だろう。今の彼らにとって、リュリディアの存在は希望だ。


 だから……。


(今日はリュリ様のお世話はあなた達にお任せします)


 コウは心で同胞にそう呟いた。

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