第3話 令嬢、没落の軌跡(1)

 ――それは、五歳になった日のことだった。


『誕生日おめでとう、リュリディア。プレゼントよ』


 五段重ねのケーキを中心に、ずらりとご馳走の並んだパーティールーム。

 日の光のような金髪を高く結い上げたアレスマイヤー家当主が愛娘の前に連れて来たのは、背の高い赤髪の青年だった。

 本日の主役はキョトンと首を傾げた。


『お母様、彼はだぁれ?』


『まだ誰でもないわ。リュリが決めるのよ』


 当主は娘の肩に手を置き、優しく微笑む。


『アレスマイヤーの娘として上手に使いなさい』


 母に促されて彼女が赤髪の青年に視線を移すと、執事服の彼は無表情で膝をついた。


『初めまして、リュリディアお嬢様。どうぞ私に――』


◆ ◇ ◆ ◇


 どんなに柔らかく優しい夢に揺蕩たゆたっていたい夜だって、時が来れば勝手に日は昇るし朝になる。


「おはよぉ〜……」


「おはようございます、リュリお嬢様」


 語尾をあくびに溶かしながら眠気まなこでリビンク兼ダイニングルームに入って来たあるじに、従者はテーブルに朝食を並べる手を止めて挨拶する。


「よく眠れましたか?」


「あのベッドの長所は、床より高い位置にあることだけね」


 つい最近までスプリングの利いた最高級のキングサイズ天蓋付きベッドで安眠を貪っていたお嬢様にとっては、脚と床板しかないベッドなど『地面よりマシ』程度の評価しかない。

 二人が住む長屋の間取りは二部屋。玄関ドアを開けてすぐにある面積の広い方の部屋にかまどがあり、ここは厨房キッチン食堂ダイニング居間リビングとして使っている。そして奥の狭い部屋はリュリディアの寝室だ。

 アレスマイヤー邸には令嬢の私室だけで三部屋はあったのに、今は玄関ホールよりも狭い敷地に二人暮らし。運命とは数奇なものだ。

 コウの引いた椅子に座り、リュリディアは朝食を食べ始める。以前のようにテーブルを埋め尽くすほど皿が並ぶことはないけれど、パンと温かいスープに卵料理が付けば十分だ。


「今日こそは仕事を見つけないと」


 ため息混じりにパンをちぎるリュリディア。呟く彼女の背後に立ち、金糸の髪をくしけずっていた従者は苦笑する。


「焦ることはありません。リュリお嬢様に合うお仕事をゆっくりお選びください」


「そんな悠長なこと言ってる場合? ぼやぼやしてたら明日のパンだって買えなくなっちゃうわよ」


 暢気のんきなコウにリュリディアは憮然とパンを口に放る。

 オンボロ長屋で暮らし始めて早一週間、骨董屋を辞めてから二日。令嬢の求職活動は難航していた。


 「やっぱり、魔法関連の仕事に就けないのが痛いわね」


 頬杖をつき、お行儀悪く卵料理をフォークでつつく。

 リュリディアは魔法使いだ。『魔法』は『魔力』を持つ者にしか使えない才能職で、ゾディステラ帝国では『魔法使い』という技術者はとても貴重な人材だ。そしてその中でも、とりわけ重要な五つの家門がある。


 ――今から千年以上前。突如四体の邪悪な魔獣が出現し、コズバース大陸の半分を壊滅させた。壮絶な戦いの果てにそれらを封印し、ゾディステラ帝国建国の礎を築いたのは五人の魔法使い。

 プロキルナル、タレス、シャウラト、デネボラム、アレスマイヤー。

 英雄となった彼らの家名は『魔導五大家』として後世に受け継がれることとなった。長い年月を経た今、魔法に関わらない人々にはただのれたおとぎ話だが、彼らの末裔は現在でも魔法使いとして研鑽し、高い地位を確立している。

 リュリディアはこの五大家の一つ、アレスマイヤー家の令嬢なのだが……。

 今の彼女には、この家名がとんでもない足枷になっているのだ。

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