第4話 令嬢、没落の軌跡(2)

 アレスマイヤー家現当主の第二子リュリディアは、一言でいうと『天才』だ。

 この国に生まれてきた子供は通常七歳から十歳までの間に魔力測定を受け、基準値に達した者だけが魔法学院に入学する。

 魔力の強さで教育課程カリキュラムは変わり、自分の力量にあった知識と技術をありったけ詰め込まれ、概ね二十歳前後で卒業していく。

 才能のある者には│高収入の就職先輝かしい未来が待っているが、授業の過酷さから逃亡する者や、途中で魔力が枯渇し退学を余儀なくされる者も多い。

 そんな完全実力主義の教育機関にリュリディアはたった五歳で入学し、飛び級を重ね十歳で卒業した。

 魔法使いの進路は大まかに分けると二通り。軍や私設兵団に雇われる『戦闘後衛せんとうこうえい職』と、新しい呪文や道具、薬などを創り出す『研究職』だ。

 リュリディアは国営・民間問わず、どちらの関連機関からも引く手あまただったが、結局いずれにも属さず実家に戻った。

 アレスマイヤーは研究者の家系。実家そのものがどこの研究施設よりも高度で最新の設備を揃えていたのだ。

 リュリディアは十代前半にして多くの論文を発表し、魔法科学の発展に貢献してきた。その一方、ずっと屋敷に引き籠もっていたため、彼女の存在は魔法業界では都市伝説扱いだった。

 年頃の名家の娘ながら社交界に顔を出すこともなく、自宅で悠々自適に暮らしていた彼女の生活が一変したのは、春先の頃。

 学会のために他国へ向かった父母が行方不明になったのだ。

 ゾディステラ帝国政府とアレスマイヤーの関係者は手を尽くし、二人の行方を探したが、彼らの痕跡を見つけることはできなかった。

 しかし、捜索開始から一ヶ月、事態は急展開を迎える。政府はアレスマイヤー家当主夫妻は他国へ亡命したものと結論づけたのだ。

 行方不明者の捜索は、逃亡者の追跡へと切り替わった。

 当主夫妻の長男である兄マルセリウスと妹のリュリディアは政府に抗議したが、無駄だった。アレスマイヤー家は反逆罪に問われ、家財を没収された。

 残されたのは、病弱な兄が療養中だった地方の別名義の邸宅と、リュリディアが身につけていたドレスと装飾品と……そして、従者だけ。

 ――アレスマイヤー家の人間は、学者としては優れていたが政治が下手だった。

 大家たいかと謳われながらも政府や貴族院との繋がりが薄く、ただひたすらに研究に明け暮れ、その副産物として巨万の富を得ていた。

 だから、窮地の時に縋る宛もなく、守る手段もなく資産を奪われた。

 帝国政府はアレスマイヤーの家名までは剥奪しなかった。

 だがそれは、反逆者一族への罰でもあった。

 放浪の身となったリュリディアが、細いを頼りに住処や職を探したところ、


「アレスマイヤー家とは関わりたくない」


と、各所から門前払いを食らったのだ。

 彼女の実家に師事していた門閥魔法使い達も、こぞってアレスマイヤーとの縁を切り、関係を否定した。

 だから魔法使いとして申し分のない経歴を持ちながらも、リュリディアは自身の専門とする研究機関には就職することができなくなってしまったのだ。


「……いっそ家名をお隠しになられたら?」


 コウの提案に、リュリディアは憮然と、


「もうやったわ」


「え?」


「でもバレた」


「えぇ!?」


 深窓の引き籠もり令嬢だったとはいえ、リュリディアは稀代の天才であり一目見たら忘れられない美少女だ。目立つ要素しかない。


「また出自を問われない仕事先を探すわ」


 ため息ばかりの主に、従者はブラシを動かす手を止め優しく微笑む。


「きっとこれから、運が向いてきますよ」


「だといいけど」


 コウの無責任な励ましに苦笑しつつ、少し心が軽くなる。


「お疲れでしたら、今日はリュリお嬢様は休んで代わりにコウが仕事を探しに行きましょうか?」


「それはダメって――」


 従者の気遣いに主が苦言を呈しかけた、その時。


 コンコンコン。


 ドアを叩く音がした。

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