第15話 没落令嬢の素材集め(7)

 ゴトンゴトンと荷台が揺れる。

 プロキルナルの山を下りた時にはすっかり夜になっていて、リュリディアとコウは丁度通りかかった王都へ向かう荷馬車に乗せてもらったのだ。


「うっふふー!」


 木箱の積まれた雑然とした荷台の中で、リュリディアは月明かりに紙片を透かした。そこには幾つもの「0」が並んでいる。これは、ストークからもらった茨陸亀の代金の小切手だ。


「すごい金額! これなら来月の家賃も心配ないわ。ううん、あの長屋一棟まるっと買ってもお釣りがくるわね、きっと!」


「おめでとうございます」


 傍らでニコニコしているコウに、リュリディアはちょっと唇を尖らせて、


「今回は助けてもらったけど……、本当は私一人で全部やりたいんだからね」


 色々気にする主に、従者は気にしない。


「コウの手はリュリディア様の手。コウの行動はリュリディア様の行動です。だからコウが働いてもリュリお嬢様が働いても同じことなのですよ」


「全然違う」


 それでも彼女は、自分が主として従者との生活を支えたいのだ。


「でも、これだけあれば、今よりいい暮らしができるのよね」


 小切手を見つめて、感慨にふける。


大家エレーンさんには悪いけど、長屋から引っ越すのもいいわね。住人はみんないい人だけど、共同浴場は狭いし、トイレが部屋にないのも辛いわ」


「お嬢様がそうなさりたいのなら。コウはどこにでもついていきますよ」


「ええ。ずっと一緒よ」


 微笑む従者の肩に頭を預け、リュリディアは少し眠った。


◆ ◇ ◆ ◇


 王都に着いたのは、真夜中過ぎだった。

 場末感漂ういかがわしい飲み屋街の路地を抜け、彼女らの住処であるオンボロ長屋に向かう。反逆者一族のリュリディアが流れ着くだけあって、この辺りはあまり治安がよろしくない。

 やっぱり王都を出て兄のいる田舎にでも移ろうかしら、などと考えながらリュリディアが道の角を曲がると……。

 長屋がなかった。


「えぇ??」


 一瞬、自分の目を疑う。今朝はあったはずの我が家が、今、この場所にないのだ。

 いや、正確には消えてしまったわけではなく、長屋のあった場所に黒い炭になった木材やレンガが折り重なっていて、建物が見当たらないということなのだが。


「ああ! リュリちゃん、コウ君! 無事だったのね!」


 道の向かいから飛び出してきたエレーンが、泣きながらリュリディアに抱きつく。


「あ、あの、一体何が……?」


「夕方頃、火事になってあっという間に燃えちゃったの! 他の住人はみんな逃げて無事だったけど、二人に連絡が取れなかったから、あたし心配で心配で……」


 ひっくひっくと肩を震わせる年上女性を、リュリディアはよしよしとあやす。


「それは災難でした。でも原因は?」


「分からないの。セーヒ商会の若い衆がうろついてたって話もあるけど、確実な情報じゃないし。憲兵も住人の不注意だろうって調査する気もないみたいで」


 尋ねるコウに、エレーンはしゃくりあげながら、


「今は住人のみんなは集会所に避難してるの。リュリちゃん達も、今日はそこに泊まるといいわ。でも、みんな長屋以外に暮らせる場所のない人達だから、この先どうすればいいか。この長屋はお祖父ちゃんにもらったものだから、あたしには建て替えるお金もないし……」


 泣き止まない長屋の大家に、リュリディアとコウは目を見合わせた。

 そして……。


◆ ◇ ◆ ◇


「みなさーん! 聞いてくださーい!」


 翌日、集会所に避難している長屋住人達の前に、エレーンが立った。


「なんと、ご奇特な方からの寄付で、長屋を再建できることになりましたー!」


 うおおぉぉ! と歓声が上がる。


「ありがたや、ありがたや」


「よかった。どこにも行く宛がなかったから」


「これで一安心だ」


 皆、口々に喜び合う。


「そのご奇特な方とは誰ですか?」


「それが、匿名なので不明なのですよー」


 住人の質問に、大家が答える。


「なんと奥ゆかしい!」


「素晴らしい方がいるもんじゃ」


 さざめきあう住人の中で、リュリディアはむず痒げに体を揺らす。


「急いで建て直してますが、しばらくかかるので、それまでは仮住まいの宿舎に移ってください。そちらの費用も寄付金から出ますよー」


 やったー! と手を取り抱き合う住人達。

 それを尻目に、リュリディアはそそくさと席を立った。コウもすかさず後を追う。


「リュリ様」


「言わないで、何も聞きたくない」


 呼び止めるコウにリュリディアは耳を塞ぐ。

 小切手の使い道を決めたのはリュリディアだ。しかし、従者が体を張って稼いだ物を彼に還元しなかったことには、彼女なりの葛藤がある。


 ──私のしていることは、ただの自己満足かもしれない……。


 まだ若いリュリディアは、自分の選択に自信をなくすこともある。

 ……それでも。

 金糸の髪が揺れる少女の背中に、執事姿の青年は囁く。


「コウはリュリディアお嬢様を誇りに思っておりますよ」


 従者にとって、いつだって主は正しいのだ。

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