第7話 没落令嬢と求人酒場(1)

 帝都をぐるりと囲む高い外壁。その街道に面した一番大きな南門の近くに、『求人酒場』はあった。

 スイングドアから店内を覗くと、午前の早い時間にも関わらず、テーブルは半分ほど埋まっていた。


「本当に行くのですか?」


 傍らのリュリディアに囁くコウはいつもの執事の衣装ではなく、簡素なチュニックと革ズボン姿だ。


「当然よ」


 力強く頷く彼女はポニーテールにジャンパースカート。二人とも、庶民の擬態はばっちりだ。

 露払いとしてコウが先に入店する。


「いらっしゃい! 何飲む?」


 入口付近に設置された受付カウンターから声をかけられ、二人はキョトンと足を止めた。


「飲むとは?」


 聞き返すコウに、店員の女性は快活に笑った。


「お客さん、この店初めて? ここは最初に入店料とドリンク一杯分の代金として大鉄貨一枚を払うの。その後は自由に過ごしてね。最初の一杯以外のドリンクやフードは、店の奥のカウンターで頼んで」


 いわゆるワンドリンク制だ。


「で、何にする?」


 もう一度訊かれて、リュリディアは、


「ユベ産の紅茶を濃いめで。あ、ミルクは冷たいままで付けてくださる?」


「……は?」


「お気になさらず。ミックスジュース二つでお願いします」


 怪訝そうな店員に、コウがメニューを見ながら大鉄貨二枚を差し出した。


◆ ◇ ◆ ◇


 店内は仄暗く怪しい雰囲気満載だった。

 昼前だというのに、カウンターで酒瓶を抱えていびきを搔く中年男。小さな丸テーブルを囲んでひそひそ語り合う黒づくめの集団。絵に描いたようなとんがり帽子の老魔法使いに、筋骨隆々の女戦士。エルフやドワーフ、ふさふさ尻尾の獣人までいる。

 まるで娯楽小説の世界に迷い込んだようだ。


「すごいわ! こんな場所が帝都にあったなんて。本当に冒険者って実在するのね!」


「リュリお嬢様も稀少な魔法使いですし、この中で一番非現実的な存在はコウだと思いますが」


 はしゃぐリュリディアを、コウが冷静に抑える。市井に放流されて間もない元引き籠もり令嬢は、まだまだ世間知らずだ。


「あちらに求人票が貼ってありますよ。ここでは『クエスト依頼票』というんですね」


 店内入口向かいの壁は掲示板になっていて、無数の羊皮紙がピンで留めてある。依頼票は書式が決まっているので、依頼内容や報酬額が一目で解って便利だ。

 リュリディアは端から掲示物を流し見ていく。


「一応、依頼内容ごとに区分けしてあるわね。左から討伐クエスト、仲間募集、配達、雑用……。ねえ、見て! ドラゴン討伐は褒賞金金貨五千枚ですって!」


「それはもう、個人ではなく帝国軍の仕事では?」


 大興奮の令嬢に、従者が水を差す。


「あら、仲間募集は魔法使いの求人が多いわ。応募してみようかしら?」


「リュリお嬢様は政府から出国禁止にされていますから、遠方への旅はできませんよ」


 反逆罪の刑罰は係累にまで及んでいた。


「せっかく色々な仕事があるのに、全然選べないじゃない!」


「リュリ様は初心者ですから、もっと短期でリスクの少ない依頼から始めましょうよ」


 頬を膨らませる主を、従者が淡々と諭す。


「こちらの配達や素材集めの依頼などはいかがでしょう?」


「素材集めって?」


「実験や錬成に使う、一般では手に入りにくい材料を揃える仕事です。研究職のお嬢様には馴染み深いのでは?」


 魔法の実験には様々な素材を使う。だからリュリディアにとって最も身近なクエストだと思ったのだが……。

 彼女は不思議そうに首を傾げた。


「素材って、いつも倉庫にあるものじゃないの?」


「そのにするお仕事です」


 名家のお嬢様は、資金にも資材にも困ったことがなかった。

 因みに、リュリディアの研究素材の在庫を管理し発注していたのは、この従者だ。

 世の中には色々な仕事があるのねと独りごちて、少女は一枚の求人票に目を留めた。


「これにしようかしら」


 指差した先には、『フラゴ茸採取依頼』の文字があった。

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