第16話 目的地

「なあアイリス、ほんとに引き返して良かったのかよ?」

 

 結局ミカゲとの話し合いが終わった後、再び元来た道の上を歩く副団長に向かってリリックが尋ねた。


「仕方ないでしょう。あのまま私たちがあそこにいても、また人間たちが騒ぎを起こすことになるだけでしょうし」

「でもせっかく厄災の原因に辿り着けそうだったんだぜ? だったら無理やりにでも通ってだな……」

 

 少し不機嫌そうにそんな言葉を口にするリリックに、隣を歩くコルンが「はぁ」とため息をついた。


「そんなことしたら余計ややこしくなるに決まってるじゃん。それにヒナタちゃんだって絶対悲しむことになるよ」

 

 ねえシズク? とコルンは前を歩く理解者に向かって同意を求める。が、何やら考え事でもしているのか、待てど暮らせどシズクからの返事はない。

 疑問に思ったアイリスが「シズク?」と声を掛けると、彼女はハッとした様子で我に返った。


「あ、ごめん。えーと……何の話しだっけ?」

「もうッ、ちゃんと私の話しを聞いててよ」

 

 笑顔で誤魔化そうとするシズクに向かって、コルンは腰に手を当てるとわざとらしくほっぺたを膨らませる。

 そんな彼女に対して笑顔のまま答えるシズクだったが、今度は胸元にいるユーニがぼそりと口を開く。


「シズク、だいじょうぶ?」

 

 いつもより少し口数が少ない彼女の様子に気づき、どこか不安げな表情で尋ねるユーニ。

 するとシズクは一瞬きょとんとした表情を浮かべるも、すぐに優しい笑みを見せる。


「うん、ありがとうユーニ」

「……」

 

 ニコリと笑ってユーニの問いかけに答えるシズクを、隣を歩くアイリスは黙ったまま様子を伺っていた。


 人間と獣人という種族の間に深い溝があることは、ここにいる誰もが承知している事実。  

 けれども先ほどの街では、同じ人間であるはずの相手からシズクは忌み嫌われてしまったのだ。


 差別による争いを幼い頃に経験したことのある彼女にとってそれがどれほど辛いことなのか、今のアイリスにはその胸中を推し量ることはできない。


 かと言っても……。


 アイリスは胸の中でぼそりと呟くと、今度はちらりと自分の右手に視線を落とす。

 久しぶりに人間だけの世界に足を踏み入れてしまったせいか、その手を見て思い出すのは、かつてこの手を優しく握りしめてくれていた憧れだった後ろ姿。

 一族の中で誰よりも才能に愛されて、いつかその隣に並んでみたいと願い、追いかけ続けた人。


 そしてそんな大切な人を、自分にとって唯一無二の存在を、あの日連れて行ってしまった人間という種族――。


 月日と経験を積み重ねて、様々な種族と生き方があることを知ってきたとはいえ、アイリス自身もまた、人間たちに対しては未だ許すことができない感情が残っているのだ。

 同じコロニーにいる人間には抱くことがないはずのそんな感情に気づかされ、アイリスが黙ったまま考え込んでいると、そんな彼女の耳に再びリリックの声が届く。


「それで、これからどこに向かうつもりなんだ?」


 リリックからの言葉でハッと我に戻ったアイリスは、「そうね……」とぼそりと声を漏らすとその場に足を止める。それに合わせて団員たちも立ち止まった。


「おそらく『門』と呼ばれる存在がある場所と、私たちが探している研究施設は同じものと考えられるわ。……そして場所も、ある程度の目星はついている」

「おぉっ、さすがアイリス!」

 

 頼りになる副団長の言葉に、リリックたちが思わず声を上げる。

 すると今度は、そんな会話を聞いていたシズクが尋ねた。


「でも場所がわかったとしても、さっきの話しだとあの人たちが守っている道を通っていかないと辿り着けないんじゃない?」

「いえ、厄災が起こった中心地なのであれば建物の崩壊によって他の場所からでも入れる可能性は高いでしょう。ましてやあれだけ樹海の植物に呑み込まれているのだから」

「あれだけって……なんだよアイリス、こっからでも見えるのか?」

 

 アイリスの説明を聞いて、思わずきょとんとした表情を浮かべるリリック。

 するとそんな彼女を見て、アイリスは「ええ」と静かに頷く。


「おそらく門と呼ばれる場所が存在する研究施設は……あそこよ」

 

 そう言うとアイリスは顔を上げ、崩壊したアーケードの隙間から遠くの方を見るように目を細める。同じく視線を上げて、副団長が見つめる先を追う団員たち。

 そしてその視線の先に映ったのが、あの禍々しい巨大な樹木だとわかった瞬間、思わずリリックが引きつったような笑みを浮かべる。


「え……本気で言ってる?」

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