第21話 刺客

 リリックが古の亡霊と対峙するほんの少し前、地上にいるアイリスたちもまた、目的の場所へと辿り着いていた。


「ひゃーっ、ほんとにおっきいね!」


 大樹の足元に立ち、コルンがおとがいを上げて遥か頭上を見上げる。

 その視界に映るのは、まるで天まで目指すかのように成長を続ける大きな幹と、そして空を覆い隠すほどに生え伸びている広大な枝葉だ。


 この地上には本来存在しなかったはずのその巨大な樹木は、間近で見ると不気味さよりも、見る者に圧倒的な力さえ感じさてしまう。

 しばしの間団員たちは言葉も忘れてそんな異形な巨木を見上げていると、シズクの足元にいるユーニがふと声を漏らした。


「ねーねー、あそこに何か見えるよ」

 

 そう言って小さな指を頭上高くへと伸ばすユーニに、周りにいる団員たちもその指先が示す場所を追う。


「ほんとだ、何だか建物みたいにも見えるけど……」


 ユーニに続いて今度はシズクがそんな声を漏らす。彼女たちの目に映っていたのは、幹の隙間から見える鉄骨のような部分だった。 

 かつてこの場所には塔でも建っていたのか、よく見ると異形の植物はまるでその建築物を苗床にするかのように聳え立っているではないか。


 改めて樹海の植物の恐ろしさを知ったシズクたちは、思わずゴクリと唾を飲み込む。

 すると、そんな彼女たちの耳に、地下深くにいる団員と会話を続けていたアイリスの声が届く。


「リリック、どうしたの?」

 

 どこか険しさの滲んだ表情でそんな言葉を口にしたアイリスに、周りにいる団員たちが「え?」と声を漏らす。


「もしかして、リリックに何かあったの?」

 

 不安げな表情を浮かべるシズクが副団長に向かって尋ねた。すると彼女の目の前で、アイリスがそっと目を細める。


「おかしいわね……さっきからリリックの声が聞こえないわ」

「え、それってかなりヤバいんじゃ……」

 

 アイリスの言葉を聞いて、思わずゴクリと唾を飲み込むコルン。そして彼女はおずおずとした口調で続けざまに尋ねた。


「まさかリリック……魔物にやられたりしてないよね?」

 

 コルンが口にした言葉に、シズクとユーニも不安げな瞳をアイリスの方へと向ける。

 けれどもアイリスは「いえ」と小さく首を横に振ると、今度は冷静な声音で言う。


「さっきまでは彼女のエーテルを感知できていたからそれはないはずよ。それに魔物の気配は何も……」

 

 団員たちを安心させる為に副団長としてアイリスがそんな言葉を口にしようとした、まさにその時だった。


「なーんや、ウチらが一番乗りじゃなかったんや」

「――ッ!?」


 突然背後から声が聞こえ、驚きの表情を浮かべて振り返る団員たち。

 そして直後、視界に飛び込んできた光景に彼女たちはさらに目を見開く。


「人が……浮いてる?」

 

 ありえない、と言わんばかりの口調で思わず声を漏らすコルン。


 彼女たちが見上げる視線の先、突如としてメビウス飛空艇団の前に現れたのは、箒のようなものに腰掛けて宙に浮かんでいる一人の少女だった。


 茶色く染まった髪に、意志の強さをはっきりと感じさせる整った顔立ち。歳はおそらく自分たちと同じぐらいだろうか。

 人間と思わしきその少女は、白いシャツにチェック柄のミニスカートというアイリスたちが初めて目にする服装をしていた。

 

 あまりに唐突に、そして何の気配もなく現れた少女を前に、思わず言葉を飲み込んでしまうメビウスの団員たち。

 するとそんな彼女たちのことを特に気にする様子もなく、宙に浮かぶ少女は目の前の大樹を見上げた。


「あーあ。通天閣もえらい気持ち悪い姿になってもうて……これじゃあビリケンさんもきっと泣いとるやろな」

「……」

 

 理解できない言葉ばかり口にする少女を、アイリスが険しさの増した瞳で睨みつける。突如として現れた少女の異常さは、その身に纏う雰囲気だけではない。

 彼女が腰掛けているものは、一見すると箒のようにも思えたのだが、よく見るとそれは無数の人骨によって作られたものだった。


「あなた、一体……」

 

 明らかに常軌を逸しているその姿と言動に、警戒心を出しにするアイリス。

 すると相手は蔑むような目で彼女たちのことを見下ろす。


「ウチか? ウチの名前は『朱音あかね』って言うんやけど、そんなん聞いたところで意味ないと思うで。……だって」

 

 どうせアンタらすぐに死ぬんやから。と、相手がそんな言葉を口にした直後だった。 

 朱音と名乗る少女は右手を上げてパチンと指を弾いたかと思うと、その瞬間、突如アイリスたちの近くに巨大な大鎌が姿を現す。


【防壁展開・エーテルウォール】

 

 鋭い刃が自分たちに襲いかかってきた瞬間、アイリスは咄嗟に術を発動して相手の攻撃を迎え撃つ。

 直後、ガキン!っと激しい音を立てて、大鎌の一撃が光の防壁によって弾かれた。


「へぇっ! ウチの攻撃防ぐなんてなかなかやるやんッ」

「……あなたの方こそね」


 頭上から余裕たっぷりの言葉を投げかけてくる相手に対して、アイリスは険しい表情を浮かべたまま朱音のことを睨み上げる。


「この力……もはや人間とは思えないわね」


 そんなことをぼそりと呟き、己が展開する術をチラリと横目で見るアイリス。あの王魔獣の攻撃でさえ無傷で防いだはずの防壁には、先ほどの大鎌による一撃で無惨なほどの亀裂が走っていた。


 あまりにも桁外れの力を持った相手の攻撃に、アイリスは無意識にぎりっと歯を食いしばる。するとそんな彼女の姿を見て、朱音はニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「ほんなら、これはどう?」


 彼女はそう言った直後、再び指を二回鳴らした。するとまたも虚空から二つの大鎌が現れ、その鋭い刃先をアイリスたちへと向けて襲いかかってきた。


「――くッ!」


 さらに連撃で襲いかかってくる大鎌の攻撃をアイリスは瞬時に術を補強し、そして強度を上げることによって防ぎ切る。

 けれども相手の力のほうが上手なのか、またもミシミシと鈍い音を立てながら光壁に亀裂が走り始めた。


「あははッ、すごいすごい!」


 自分が生み出した三本の大鎌を同時に受け止めるアイリスを見て、まるで新しいペットでも見つけたかのような無邪気な笑い声を上げる少女。


「ウチの攻撃を二回も食らって生きてる奴なんて、何百年振りやろな」


 不意に朱音が溢した言葉に、思わず自分の耳を疑ってしまうアイリス。

 けれどもそれに驚いている暇もなく、彼女はまるで幾千もの魔物が襲いかかってくるような衝撃を己が展開する術一つで受け止め続ける。


【エーテル装填 ストライクショット】

 

 アイリスを援護する為に素早く右手でハンドガンを構えたシズクが、朱音の額目掛けて術を連発した。

 だがしかし、その攻撃をすぐに察知した相手は、向かってくる弾丸に対して右手をかざす。


「なっーー」


 朱音が右手をかざした瞬間、今度は虚空から現れた巨大な手のひらの人骨が彼女を守る盾となり、シズクの攻撃を無効化してしまったのだ。

 次々と尋常ではない技を繰り出してくる相手を前に、思わず驚きと動揺を隠すことができない団員たち。

 それでもシズクはすぐさま左手でもハンドガンを握りしめると、再び技を発動する。


【実弾装填・ブラストショット】

 

 またも銃口から発射された弾丸が人骨の盾に直撃した瞬間、それは朱音の身体をも巻き込むほどの大爆発を起こす。するとその直後、アイリスに襲い掛かろうとしていた大鎌がふっとその姿を消した。


「倒した……のかな?」


 爆煙が立ち込める頭上を見上げながらコルンが呟く。いくら得体の知れない相手とはいえ、あれだけの爆発をまともに食らいながら無事でいることなどまず不可能。もし仮に生きていたとしても、五体満足でいられるわけがないだろう。


 そんなことを思いながら睨むような目で頭上を見上げていると、薄れていく爆煙の中に徐々に人影のようなシルエットが浮かび上がる。


「そんな……」

 

 目にした光景が信じられず、思わず呆然とした声を漏らしてしまうシズク。そんな彼女の視線の先に映ったのは、先ほどと何一つ変わることなく自分たちのことを見下ろす朱音の姿。


「ちょっと! もう少しでウチの服が汚れるところやったやんか!」

 

 ありえない状況で、これまたありえないことを口にする少女。

 彼女が口にした通り、その白いシャツには汚れ一つ見当たらない。

「嘘でしょ……」と思わずアイリスも目を見開く中、宙に浮かんでいる朱音がシズクのことを睨む。


「はっ、しかもアンタよー見たら人間やん。人間のくせに獣人と一緒におるなんて、ほんま胸糞悪いな」

「くっ……」

 

 尋常ならぬ殺気を向けられて、思わず動けなくなってしまうシズク。すると今度は呆れたように息を吐き出した相手が、再び言葉を続ける。


「まあええわ、どうせ人間や言うても所詮はアフターの人種やろ。いずれ消えておらんくなるような奴なんやったら、今殺しても一緒やなッ!」

 

 そんな言葉を口にした直後、朱音はシズクたちがいる方向に向かって右手を振りかざした。

 するとその瞬間、再び現れた巨大な人骨の手のひらが彼女たちを押し潰そうと頭上から勢いよく襲いかかる。


【エーテル変幻・九狐の尻尾】

 

 自分たちの身体が押し潰される寸前、術を発動したコルンは尻尾を仲間の身体に巻きつけると、残った尻尾をバネのように使い地面から飛び上がった。その直後、彼女たちがいた場所が敵の攻撃によって激しく破壊される。


「助かったわコルン」


 間一髪のところで命を救われた団員たちはコルンに向かって礼を言うと、再び頭上にいる相手を睨んだ。


「ちっ、素直にそのまま死ねば良かったのに」

 

 朱音は吐き捨てるようにそんな言葉を告げると、今度はゆっくりと地上へと降りてきた。そして静かに足を着地させると、人骨で作られた箒を左手で握りしめる。

 と、その時。アイリスはその手の甲に何かが描かれていることに気づいた。


「梟の刺青……」

 

 思わず目を見開き、ぼそりとそんな言葉を漏らすアイリス。

 彼女の瞳に映ったのは、この世で最も危惧すべき存在であることを示すシンボルマークだ。


「あなた……さては『奈落の亡霊』の一味ね?」

 

 静かな声音で相手の正体を告げたアイリスの言葉に、団員たちの表情に衝撃が走った。 

 するとそんな彼女たちを前にして、朱音は「はっ」と鼻で笑う。


「死ぬこともできひん人間のことを亡霊呼ばわりするなんて、ほんまおかしな話しやな」


 自分の正体に気付かれても顔色一つ変えない朱音は呆れた口調でそんな言葉を口にすると、今度は左手で握りしめている箒を前へと突き出す。


「まあええわ。こんな戦いができんのも久しぶりやし、せっかくやから『ツバサ』も呼んで楽しんだろか」

 

 朱音はそう言った直後、アイリスたちが驚愕するほどのエーテル量を箒へと注ぎ込むと、それを大地に向かって突き刺す。


【死霊降臨・血印の約束】

 

 莫大過ぎるエーテルが大地へと注がれた瞬間、突如彼女の足元に巨大な影が広がっていく。するとその直後、次元が歪み冥界と繋がった影の中から、一体の巨大な死屍が姿を現す。


「ひぃぃぃッ!!」

 

 骨だけを残し、背中に悪魔のごとく翼を生やしたその化け物を見て、コルンとユーニが思わず悲鳴を上げる。

 もはや王魔と対峙するかのような感覚に陥ってしまうほど、強大かつ凶悪な邪気を放つ異形の死屍。

 そんな相手を前にして、アイリスが思わず口元を歪める。


「次から次へと、気味が悪いわね」

 

 対峙する化け物を見上げながら彼女が口にした言葉に、朱音がすぐさま声を返す。


「人の『弟』に向かっていきなり気味悪いとか、ほんまに失礼な奴やな」

 

 怒気を滲ませた声で朱音はそう言うも、すぐにニヤリと不気味な笑みを浮かべると、目の前に並ぶ獲物たちを順に見る。


「ほんならこっからが本番やでッ!」

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