第11話 任務開始
メビウスの飛空艇がユリイカのコロニーを発ってから一週間ほど経ったある日の朝。
ようやく目的地周辺に近づいてきたのか、大広間にある見晴らしの良い窓際には団員たちが集まっていた。
「わぁ! なんかおっきなお山が見えてきたよ!」
無邪気な声をあげて窓の外を見つめるユーニに、他の団員たちもその小さな人差し指が示す方向を見つめる。
「へぇ、こんな場所にもデカい山があるんだな」
「なんか私たちが住んでる山とは全然形が違うね」
物珍しそうな表情を浮かべて各々感想を漏らすメビウスの団員たち。
そんな彼女たちの視線の先に映ったのは、表面のほとんどが樹海の植物に飲み込まれながらも、山頂付近にだけわずかに銀雪を残した巨大な山の景色。
かつて富士の山と呼ばれて四季折々に美しい情景を生み出していたはずのその山には、残念ながら今となっては当時の面影など全く残っていない。
不気味に聳え立つそんな山を前にして、アイリスは確かに目的の地へと足を踏み入れたことを知ると足元に広がる大地をそっと見下ろす。
「……『センシンコク』」
アイリスがぼそりと呟いた言葉に、「え?」と不思議そうな声を漏らす団員たち。するとそんな彼女たちに向かってアイリスが静かに説明を始める。
「かつてこの世界で最先端の科学技術を用いてエーテル界の研究に着手していた国々のことよ。この真下に広がる島国もそんな列強だった一つで、あの山はこの国に住んでいた人間たちにとっては象徴的な存在だったみたいね」
「へぇ、だったらあそこにその研究所があるってことか?」
アイリスの話しを聞いてヤル気のスイッチでも入ったのか、パンッと自分の手のひらを拳で叩くリリック。
けれどもそんな彼女に対してアイリスは「いいえ」と小さく首を横に振ると、再び言葉を続ける。
「目的の研究所はここよりもさらに西へと進んだ場所、『西の都』と呼ばれていた都市の跡地にあるわ」
アイリスはそう言うとそっと右手を上げて、己の意識を周囲へと広げていく。すると飛空艇の動力であり船体の内部を流れているエーテルエネルギーが、指揮官であるアイリスの意識を感知してそれと同調。
彼女の意識と合わさった飛空艇はアイリスの思考を具現化して翼を傾けて進路を定めると、そのまま西へ西へと速度を上げて進み始めた。
「おぉ、さすがアイリス!」
ほとんど揺れを感じることなくスムーズに進路を変えた飛空艇の操縦技術に、コルンが思わず感嘆の声を漏らす。
もろちん飛空艇と呼ばれているこの乗り物には操縦室もあるのだが、熟練した操縦者であれば己の意識一つで飛空艇を操作することも可能となる。
そしてその練度を高めるほどに飛空艇は操縦者と一心同体となり、まるで命が宿った生物かのように柔軟かつ驚異的な性能を発揮できるようにもなるのだ。
アイリスの思念を受け取り進んでいくメビウスの飛空艇は、機械室にいるミントのサポートもあり順調に目的地へと近づいていき、やがて窓の向こうには樹海の植物に紛れるようにしてぽつりぽつりと建物群が現れ始めた。
「見えてきたわよ」
前方に映る景色に目を細め、そんな言葉を口にしたアイリスは徐々に飛空艇の速度を落としていく。
そして彼女は着陸できそうな大きなドームの跡地を見つけると、その真上に飛空艇を停止させて、今度はゆっくりと下降を始めた。
「ここが……樹海都市なのか」
飛空艇から真っ先に降りてきたリリックが、興味深げに辺りを見渡しながら呟く。
彼女の視界に映っているのは、ドームの失った天井部分の向こうに見える街の姿だ。
そこには空から見ていた時と同様に、黒く不気味な樹海の植物に飲み込まれながらもかつての科学文明期の建物がまるで墓所のように立ち並んでいて、普段は見慣れない鉄骨とコンクリートで作られたそんな建物たちはリリックの目にはひどく新鮮に映った。
「ひょえーっ、飛空艇のデッキよりも大きいじゃん」
同じように搭乗口から降りてきたコルンがドームの中を見回しながら声を上げる。彼女にとっては見慣れないビル群よりも巨大なドーム内部のほうに興味があるようだ。
「観覧席みたいなのがあるってことは、ここって何かの祭儀場に使われてたのかな?」
コルンの後に続いてユーニを抱きかかえながら降りてきたシズクの疑問に、その後ろにいるアイリスが答える。
「おそらく祭儀場というよりも昔の人間たちにとっては娯楽施設のようなものだったのでしょうね。こういった場所でスポーツと呼ばれる催しを行っていたと文献で読んだことがあるわ」
「そりゃまた随分と贅沢な話だな」
限られた生存圏で生きる自分たちとはあまりにもかけ離れた文化の違いに、リリックが呆れたような声を漏らす。これだけの広さがあれば、一つのコロニーとして十分に活かすことができるだろう。
「ではではメビウスの皆様! わたくしニニアはご主人様たちが安心してお戻りできるように、しっかりとこの飛空艇を守り抜いてみせますッ!」
突如頭上から大きな声が聞こえてきたかと思いきや、見上げると飛空艇のデッキからニニアとミントが顔を覗かせていた。
「はっ、べつにテメェに守ってもらわなくたって魔物ごときにメビウスはやられねーよ」
白けた口調でそんな言葉を口にするリリックに、隣にいるシズクが「まあまあ」とフォローを入れる。すると同じようにデッキを見上げていたアイリスが、副団長として口を開いた。
「日が落ちるまでには戻ってくる予定だから、それまでの間二人とも頼んだわよ」
「はいッ! 任せて下さい!」
アイリスからの言葉に、さらにやる気たっぷりな声で返事を返すニニア。その隣では声は発しなくともミントが力強く頷いていた。
そんな彼女たちの姿を確認して同じように頷いたアイリスは、今度は飛空艇に背を向けると任務を開始する為に団員たちと共に歩き始めた。
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