第18話 強敵
飛空艇でニニアたちがそんな事件に巻き込まれていたなど露とも知らないアイリスたちは、目的の場所へと向かってその歩みを順調に進めていた。
「かなり樹海の濃度が増してきたわね……」
辺りを注意深く見回しながらアイリスが呟く。
厄災の中心地に近づいている為か、周囲を覆う黒々とした蔦のような植物たちはその一本一本がまるで丸太のように太く、そしてそれらは全て目の前に見える大樹へと繋がっていた。
明らかに厄災の元凶となっているであろう場所を目前にして、アイリスたちの後ろに隠れるようにして歩いていたコルンがぶるりと肩を震わす。
「ね、ねえ……ほんとにあの中に入るつもりなの?」
前方に聳え立つ不気味な大樹をチラリと見上げ、怯えた表情を浮かべるコルン。
そんな彼女の問いかけに対して、「ええ」とアイリスは迷うことなく冷静に答える。
「もしも研究施設が存在する場所となれば、そこは負のエーテルが最も発生しやすい場所とも言えるわ。つまりそれだけ樹海の植物が育ちやすいということよ」
「育ちやすいっていうか……あれはもう育ち過ぎなんですけど?」
アイリスの説明を聞いて、思わず突っ込みを入れるコルン。
するとそんな彼女の態度を見たリリックが、「テメェはいつもビビり過ぎなんだよ!」とコルンの背中をパシンと叩いていた。
「それにしても、さっきから魔物が全然出てこないね」
「たしかに奇妙ね……」
ふとシズクが口にした疑問に、アイリスも小さく頷きを返す。
異界の植物だけでなく、負のエーテルは魔物にとっても恰好の餌となる物質だ。
そのため濃度が高い場所ほど凶悪な魔物が潜んでいることが多いのだが、先ほどから小型の魔物一匹すら姿を見せない。
無用な戦闘を避けて目的地に向かうことができる点はありがたいのだが、場所が場所だけにアイリスたちもそれを素直に喜ぶことはできなかった。
「念のため、そろそろ索敵を使った方が良さそうね」
先頭を歩いていたアイリスはそんな言葉を口にすると、その場に足を止める。
そして彼女は己の意識を集中させると、今度は自分の周囲に向かって術を放った。
【索敵展開・エーテルフィールド】
アイリスが術を発動した瞬間だった。彼女を中心として辺り一帯に白い閃光が駆け抜けた。
直後、これといって何も変化は起こらないのだが、それでも団員たちはほっと安心したような表情を見せる。
「これで魔物の位置が特定できるわ。それに万が一はぐれたとしても、索敵の範囲内なら私と会話することができる」
アイリスは団員たちに向かってそんな言葉を口にすると、再び目の前に見える目的地に向かって歩き始めた。
だが、その直後だった。
歩き出したはずのアイリスが、何故かピタリとすぐに足を止める。
「……どうやらやっとお出ましのようね」
「え?」
急に険しい声音で呟き、前方を鋭い目で睨みつけるアイリス。
同じく立ち止まった団員たちも彼女の視線を追うも、目の前に見えるのは大通りの跡地とそこを覆う樹海の植物だけ。
エーテルによる索敵によってすでに何かを捉えているのか、不思議に思ったシズクが「アイリス?」と声を掛けた、その時だった。
突然激しい爆発音が、彼女たちの耳を貫く。
「な、なにッ?」
まったく予想だにしなかった展開に、慌てて声を上げるコルンとユーニ。するとその直後、目の前に見える建物の一つがバラバラと音を立てながら激しく崩れ始めたではないか。
そしてーー
「……なんだ、あいつは?」
すぐさま大剣を構えたリリックが、前方を睨みながら思わず声を漏らす。それと同時に他の団員たちも険しさを増した表情でリリックと同じ方向を睨んだ。
彼女たちの視界に映ったのは、崩れた瓦礫の中から現れた異形の生物だった。
人の形を模したようなその相手は両腕が異常に長く、顔と思わしき部分には赤く不気味に光る単眼しか存在していない。
さらには胴体の関節部分は束状になったホースのようなもので接合されていて、ゆうに三メートルを超えるであろうその大きな身体からは動く度に軋むような金属音が響いてくる。
メビウス飛空艇団とはいえど初めて目にする相手に、団員たちは思わずゴクリと唾を飲む。
「ね、ねえアイリス……なんかすっごいヤバそうな奴が出てきたんですけど?」
「あれは……」
早くも怯え始めたコルンとは反対に、アイリスは目を細めると冷静な表情のまま相手の観察を始める。
「生物とは異なるエーテル反応にあの金属素材のような身体……なるほど、門へと続く道を守る人間だけでなくこんな機械兵器まで残していたというわけね」
辺りに魔物がいなかった理由と相手の正体をいち早く理解するアイリス。
するとその直後、彼女たちの姿を捉えた相手が、突然態勢を変えてきた。
「来るぞッ!」
リリックがそう叫んだ瞬間、彼女たちのことを侵入者と認識したのか、相手は不気味な軋み音を轟かせながら猛突進してくる。
「はっ、一直線に向かってくるとは良い度胸じゃねーか!」
そんな言葉を言い放ったリリックは握りしめた大剣に意識を注ぐと、すかさず術を発動する。
【属性展開・炎獄の一薙】
リリックが術の発動と同時に大剣を横薙ぎに放った瞬間、前方から襲いかかってきた敵の身体が一瞬にして激しい炎に包まれた。……だが、
「なッ!」
魔物の身体でさえ一瞬に灰と化すはずの炎の中から突如敵の腕が伸びてきて、リリックは慌てて真横に飛び退ける。
そして彼女はすぐさま体勢を立て直して大剣を構えようとするも、炎から現れた敵の単眼が先にリリックの姿を捉えた。
「リリック!」
危険を察知したアイリスが仲間の名前を叫んだ瞬間だった。
輝きが増していく敵の単眼から、突如強烈なレーザーが発射される。
【防壁展開・エーテルウォール】
鋭いレーザーがリリックの身体を射抜く寸前、彼女の前に現れた光の防壁がその攻撃を無効化する。
「っぶねーな! このガラクタ野郎!」
リリックはそんな言葉を叫ぶとすかさず真上へと飛び、光壁を足場にして敵の頭上まで一気に飛び上がった。
そして握りしめていた大剣の刃を大きく振りあげる。
【属性展開・炎豪烈火】
今度は大剣の刃に炎が纏った瞬間、リリックは敵の頭上めがけてそれを一直線に振り下ろす。
「くっーー」
ガキンと金属同士がぶつかり合う鈍い音が彼女の耳を貫いた直後、リリックが放った大剣は敵の頭部に直撃したものの、その刃が相手の身体にダメージを与えることはなかった。
それどころかリリックが大剣に宿していた炎が、徐々に勢いを無くして消えていく。
「ちっ」
思わず苦い声で舌打ちを漏らすリリック。すると今度はそんな光景を見ていたシズクがすかさず援護に入った。
【エーテル装填・ストライクショット】
右手でハンドガンを握るシズクが術を放った直後、その銃口から光の銃弾が連発される。
一瞬にして敵のもとまで届いた銃弾は一つも外れることなく相手の胴体を直撃していくも、先ほどのリリックの攻撃と同様、ダメージを与えている様子はない。
「こいつッ」とシズクの攻撃にビクともしない敵を見てリリックは思わずそんな言葉を漏らすと、相手の頭部を蹴って宙へと飛び上がり、そのままアイリスの隣に着地する。
「おいアイリス! あのヤロウの身体は一体どうなってんだよ?」
「……」
自分たちの攻撃を無力化されたリリックが声を上げて尋ねる。
すると今度は黙ったままのアイリスが、敵がいる方向をめがけて左手をかざした。
【追撃展開・エーテルランサー】
アイリスが術を放つや否や、彼女の目の前に輝かしい光の粒子たちが現れ、それは一瞬にして巨大な槍の形を形成する。
そしてその直後、光の槍はまるで閃光のような速さで敵の胴体めがけて一直線に飛んでいく。
『ギ……ギギ……』
アイリスの攻撃をまともに食らい、後方へと吹き飛んだ相手が鳴き声のような電子音を鳴らした。
それを見て、「やったのか!?」と思わず声を上げるリリックたちたったが、変わらずアイリスだけは険しい表情を浮かべる。
「いえ……まだのようね」
アイリスがそんな言葉を漏らした直後、瓦礫に埋もれるようにして仰向けになって倒れていた相手が再びゆっくりと立ち上がった。
見ると、アイリスの放った強烈なエーテル術を腹部に食らいながらも、そこには傷一つ付いていない。
「……どうやらエーテルによる攻撃は効かないみたいね」
立て続けに自分たちの技を防がれ、アイリスは推測を確信へと変えて呟く。するとその言葉を聞いたリリックが、「そんな奴どうやって倒すんだよ!」と声を上げた。
「だいたいエーテルの攻撃が効かないとか反そ……って、うおッ!」
突如前方から襲い掛かってきた敵のレーザーを、リリックは寸でのところで身体をひねって躱す。
けれどもそれで攻撃の手が緩まるわけもなく、相手は続け様に次の一撃を放つ。
「コルンっ!」
標的を変えた敵の攻撃に、リリックがすかさず叫んだ。その直後、名前を呼ばれたコルンは足元めがけて迫ってきたレーザーを真上にジャンプして華麗に躱した。
……はずなのだが、
「ひっ!」
空中で真下を見たコルンが、思わず悲鳴を上げた。見ると、足元の地面が敵の一撃によってゴポゴポと赤く沸き立っているではないか。
空中で身動きが取れず、そのまま落下するしかないコルンは己の身を守る為に、一か八か慌てて術を発動する。
【エーテル変幻・狐の土鍋】
コルンの足が赤く溶けた地面に着地する寸前、光に包まれた彼女の身体が突如大きな土鍋へと変化した。
一見すると耐熱性が抜群に思えるようなその姿なのだが……
「あっつ!!」
土鍋がペタンと地面に着地した瞬間、思わず変身を解いたコルンがお尻を押さえながら慌てて飛び上がった。そして彼女は咄嗟に真横の地面へと避難する。
「コルン、だいじょうぶ?」
両手でお尻を押さえて涙目になりながらもがくコルンに向かって、ユーニは急いで駆け寄ると治癒を始める。
「ったく、何やってんだよ」
コルンのそんな姿を見て思わず呆れた言葉を漏らすリリックだったが、その間にも敵は彼女たちに向かって接近していく。
「シズク、さっきの私の言葉は聞いていた?」
「うん」
アイリスからの問いかけにコクリと頷くシズク。そして彼女は左腰に装着しているハンドガンを素早く抜き取ると、その銃口を接近してくる敵へと向けた。
【実弾装填・ブラストショット】
シズクが引き金を引いた瞬間、今度は彼女のエーテルを纏った実弾が銃口から勢いよく発射される。
直後、敵の胴体に当たったその弾は、まるで爆薬でも閉じ込めていたかのように大爆発を起こす。
「くッーー」
凄まじい爆風に思わず目を細める団員たち。エーテルと科学技術を混ぜ合わせた物理的な大爆発に、立ち込める爆煙の中では単眼の光が消えた敵がその動きをピタリと止めていた。
「やった……のか?」
ピクリとも動かなくなった相手の姿に、戸惑うような口調でそんな言葉を漏らすリリック。
だがその直後、再び敵の単眼に怪しい光が灯る。
「来るわよッ!」
すぐさま危険を察知したアイリスが声を上げた直後、突如爆煙の中から相手の影が肉薄する。
まるで彼女たちを押し潰すかのように高速で突撃してきた敵を、アイリスたちは間一髪のところで躱す。
「おいおい! なんかさっきよりも元気になってねーか??」
先ほどよりもスピードが増した相手の攻撃に、敵から距離を取ったリリックが声を上げた。
けれども狙いも定めず無差別に突進を繰り返している相手を見て、「いえ……」とアイリスが口を開く。
「おそらくさっきの一撃で内部のパーツが故障したみたいね」
装甲には一切の傷は付いていないものの、先ほどとは違い明滅を繰り返す敵の単眼を見てアイリスが状況を把握する。
そして彼女はリリックの方を向くと声を張り上げた。
「リリック! さっきよりも強い物理ダメージを与えれば次で仕留めることができるわ!」
「んなこと言われても……」
副団長からの指示に思わず難色を示すリリック。
シズクの一撃でダメージを負っているとはいえ、制御を失った相手はところ構わず高速で突進を繰り返していて、まともに狙いを定めることができない。
このままでは自分たち含めて辺り一帯が破壊されると危機感を募らせる団員たち。
すると、闇雲に突撃を繰り返す相手の攻撃が、偶然にもコルンとユーニがいる場所を捉えた。
「危ないッ!」
敵の攻撃の線上にいる二人に向かってシズクが叫び声を上げる。
しかし、咄嗟にユーニを守るように抱き抱えたコルンはすぐに動くことはできず、「くっ」と苦悶の声を漏らす。
けれども彼女は自分と胸元にいる幼い命を守るために、咄嗟に力を発動する。
【エーテル変幻・九尾の尻尾】
敵が自分たちを押し潰そうとする寸前、コルンのお尻から突如生え伸びてきた九本の大きな尻尾が勢い良く相手の身体に巻き付いた。
その瞬間、敵の動きが思わず鈍る。
「し、しっぽが……ちぎれるぅ……」
ありったけの力で敵の動きを封じるも、相手の凄まじい力を前に早くも術が解けそうになってしまうコルン。
すると今度はそんな彼女の頭上から、突如威勢の良い声が響いた。
「良くやったコルン! やりゃあできるじゃねーかッ!」
コルンたちの真上、再び敵の頭部に向かって大剣を振り上げたリリックが大声で叫んだ。
そして彼女は相手を一刀両断するがごとく、渾身の一撃を放つ。
【肉体強化・金剛の一太刀】
圧倒的な肉体強化を持ってして、リリックは一族の宝刀を敵の頭部めがけて叩き付ける。
直後、凄まじい衝撃波が生まれると同時に、相手の身体がミシミシと軋み音を上げる。
「うわッ!」
リリックの攻撃による衝撃波によって思わず術を解いたコルンが、ユーニを抱きかかえたまま後方へと転がっていく。
そんな彼女たちの様子を気にしている暇もなく、リリックは両腕に込める力をさらに強めていく。
「ハァァァァーーッ!」
強大な力の一撃によって、バチバチと火花を散らしながら敵の身体から黒い煙がいくつも立ち昇る。
さらには耐え切れなくなった足元の地面が、リリックたちがいるところを中心にして激しくひび割れ始めた。
「まずいわね……全員この場を離れて!」
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