第17話 一方その頃では
アイリスたちが未知の領域へと足を踏み入れようとしていた頃、飛空艇で留守番を任されていたニニアもまた、新しい領域に足を踏み入れようとしていた。
「こらミント! そこをどきなさい!」
「……やだ」
機械室の前でほうきと大きな袋を両手に持つニニアが、扉の前で通せんぼをしてくるミントの顔を睨みつける。
「あのですね、わたくしは専属メイドとしてその部屋を掃除する義務と責任があるのですよっ!」
「…………」
言葉こそしごく真っ当なことを言っているような気もするのだが、ニニアを睨み返すミントの瞳には疑念の色が滲んでいた。
実のところアイリスたちがこの飛空艇から離れる際、ニニアによるセクハラまがいの攻撃を避ける為に彼女たちの私物はすべてこの機械室へと押し込められていたのだ。
その経緯と目的を知っているミントは、目の前に現れた変態メイドの入室を頑なに断っている真っ最中。
「なぜ邪魔をするのですかミント! わたくしはメビウス飛空艇団に仕える専属メイドなのですよっ!」
「……お前、怪しい」
「にゃっ!」
あまりにも単刀直入に告げられた自分の印象に、思わず猫語で返してしまったニニア。
けれどもそんなことではめげないのがメビウス飛空艇団の専属メイドだ。
「いいですかミント、機械室というのは一番汚れが多くて汚い部屋なのです。ましてやその部屋の中にご主人さま達の汗と臭いにまみれた衣服まであるとなると……」
じゅるり、とニニアは何故か話しの途中で涎を啜ると怪しい笑みを浮かべる。
そんな彼女の姿を見て何やら本能的な恐怖でも感じてしまったのか、ミントは思わずゾワリと鳥肌を立たせる。
「さあ、今すぐそこをどくのです! そしてわたくしに嗅がせなさい!!」
「……くっ」
思った以上に変態メイドの圧が強いようで、無意識にジリジリと後退を余儀なくされてしまうミント。
それでも彼女は主人たちの尊厳を守るために扉の前から動かない。
「ぬぐぐ、あなたもなかなかにしつこいですね……」
こうなれば……とニニアは両手に持っていたほうきと袋を何故か手放した。そして彼女は猫らしく指先から鋭い爪を出すと、今度はニヤリとした不敵な笑みを浮かべる。
「本当はあなたのような身体には興味がないのですが……まずは前哨戦として嗜んであげましょう!」
「っ!?」
意味深かつ身の毛もよだつような言葉がミントの耳に届いた直後、「うにゃっ!」と爪を剥き出しにしたままのニニアが勢いよく飛び掛かってきた。
その瞬間、あまりの恐怖に思わず目を瞑ってしまうミントだったのだが、変態メイドの爪が届くよりも先に、突如巨大な地響きが足元を揺らす。
「うぎゃっ!」
飛空艇が突然大きく揺れたことによって、機械室の扉に顔面からぶつかってしまったニニア。
が、その痛みに嘆いている暇もなく、彼女たちが乗っている飛空艇が地響きによって何度も揺さぶれる。
「ま、まさか敵襲! 敵襲ですかっ!?」
両手で鼻先を押さえるニニアが涙目になりながら叫んだ。その瞬間ハッと我に返ったミントは近くの窓に急いで駆け寄ると外の様子を伺う。
「な、何が起こっているのですか?」
ミントに続いて窓にへばりつくニニアも猫目をキョロキョロとさせて状況を確認。
すると彼女たちの視界に映ったのは、廃墟と化した街の中から一斉に逃げ出してくる魔物たちの群れだった。
「どうして魔物が……」
明らかに尋常ではない光景を前に、思わず呆然とした様子で立ち尽くす二人。小型の魔物からいかにも凶悪そうな大型の魔物までもが、まるで何かに追われているかのように鳴き声を上げながら逃げ惑っているではないか。
そしてそんな魔物たちが逃げ出してくる方向に視線を移してみるとーー
「にゃ、にゃんですかあれは……」
衝撃のあまり思考と言葉使いが崩れるニニアが目を見開く先、穴の空いたドームの天井の向こうから、突如樹海の植物たちが波寄せるかのように現れたのだ。
「うにゃああああーーーッ!!!」
「―――っ!?」
あまりにも想像を絶する展開に、思わずパニックに陥ってしまう二人。しかもあろうことか、樹海の植物は一つに集まり始めたかと思うと、その姿を徐々に異形の姿をした巨大な魔物へと変えていくではないか。
「ヤバいですヤバイですヤバイですっ! 早く逃げましょうミントっ!」
「……」
いつもの間にか自分の背中に隠れてそんなことを叫ぶニニアのことを無視して、ミントは相変わらず固まったまま窓の外を凝視している。
「なにボケーっとしてるんですかっ! 早く逃げないとニニアたちもあの怪物に食べられますよ!!」
「……違う」
泣き叫ぶような声を上げてパニックに陥るニニアとは反対に、動揺しながらも冷静に状況を観察するミントがぼそりと呟く。
するとそんな彼女の両肩をニニアが激しく揺さぶる。
「何が違うんですか! あれはどう見たってこの土地の主ですよ! ボスですよっ! このままだと飛空艇ごと食べられちゃいますよっ!」
「違う、あいつも……」
再びミントがそんな言葉を口にした時だった。突然魔物の身体に閃光のようなものが走ったと思いきや、その巨大な身体がピタリと動きを止めたのだ。
突然の展開に、思わず「え?」と声を漏らして固まってしまう二人。
するとその直後、動きを止めた魔物の身体がバラバラと崩れていく。
「ど、ど、どうなってるんですか……」
ありえない出来事の連発に、ただただ動揺することしかできないニニア。捕食者と思われた巨大な魔物でさえ、何者かに追われていた獲物だったのか。
そんな疑問を感じたミントは辺りを注意深く見渡すも、他にこれといった捕食者となるような魔物や生物は見当たらない。
「……」
再び静けさが戻ってくる中、後味の悪い感覚だけが彼女の胸の中に残る。
植物としての寿命も尽きたのか、魔物の身体を成していた異界の植物たちが急速に枯れ始めていく。
そんな光景を黙ったまま見つめながらミントがこの状況を整理しようと思考を働かせた時だった。
朽ちていくその光景の中にふと人影のようなものが映ったような気がしたのだが、それが錯覚だったのかそれとも現実だったのか、結局彼女にはわからずじまいだった。
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