第3話 帰還 〜その②〜

「お帰りなさい! 今回もみんな無事でよかったわ!」

「おーいリリックにコルン! うまい酒が手に入ったから今晩私の店に寄ってきなっ!」

「アイリス様、今度私たちにもエーテル術を教えて下さい」

「ねーねーシズク姉ちゃんにユーニ、帰ってきたなら私たちと遊んでよ!」


 子供からお年寄り、そして人間から獣人に至るまで。多族多世代のコロニーの住人が集まってきては、メビウスの団員たちに熱烈な言葉をかけていく。

 そしてその誰もが女性であることからわかるように、『ユリイカ』と呼ばれるこのコロニーには雄となる男がまったくいないのだ。

 

 自分たちの生活を支えてくれている英雄達の帰還にデッキ内の興奮がますます盛り上がっていく中、それさえも上回るような熱のこもった声が突然どこからともなく響く。


「おっかえりなさいませー! メビウスの皆さまッ!!」


 声高らかにそんな言葉が聞こえた瞬間、「うげっ」と思わず顔をしかめてしまう団員たち。そんな彼女たちの前に、人混みをかき分けて一人のメイド姿の少女が現れた。


「ご主人様たちのご帰還、わたくしニニアはキリンのように首をながーくして待っていました!」

 

 でも私ネコなんですけどねっ、と陽気な声で言葉を付け足しニャンと両手を丸めてポーズを決める少女。

 その言葉通り、ニニアという少女の頭からも獣人の証である猫耳がついていた。ふわふわの猫っ毛の髪に大きな瞳、それにメイド服というもしも男がいれば間違った性癖が開花してしまいそうな姿をしているのだが、しかしそれ以上に彼女の持つ性癖のほうがはるかにぶっ飛んでいた。


「ああ、激しく戦い交じり合い、そして乱れあったであろう皆さまのお姿はなんとおエロ……いや、お栄光の輝きに満ち溢れていることやら! それにこの汗くさい匂い……ニニアもうたまんにゃいっ!」

 

 いつの間にかメビウスの団員たちに接近しクンクンと彼女たちの匂いを嗅ぎながら何やら興奮状態で言葉を発する変態メイド猫。

 そんな猫耳少女の姿に団員たちがまたかと呆れた表情を浮かべる中、王魔を相手にしても冷静だったはずのアイリスだけが「あ、汗臭いですって……」と動揺した様子で自分の身体の匂いを嗅いでいた。無臭だということを心の底から信じて。


「メビウス飛空艇団の専属メイドであるこのニニア、任務でお疲れになったご主人様たちにご満足頂くために身体の隅々までご奉仕させて頂きますにゃっ!」

 

 ではさっそく、と意気揚々とコルンに近寄っていく変態メイドの頭を、リリックがすかさず右手でガシッと押さえる。


「おいニニア。テメェいったい人前で何しようとしてんだ」

「そうですね。まずはモミモミと身体のマッサージでも……」

 

 そう言ってニニアは何故かじゅるりとヨダレを啜ると、両手の指先をくねくねと怪しく動かす。

 そんな彼女を前にして身の危険でも感じてしまったのか、「ひっ」と小さく悲鳴をあげたコルンが慌ててアイリスの背中に隠れる。ちなみに普段から頭のネジがぶっとんでいるニニアではあるが、主人たちと長らく会えていなかったせいか今日は一段と過激さを増しているご様子。語尾に「にゃ」が出ているのがその証拠であり危険信号だ。

 しかし残念なことに彼女がメビウス飛空艇団の専属メイドであることは妄言ではなく紛れもない事実。そんなニニアの頭を押さえつけながら再びリリックが呆れた口調で言う。


「マッサージなんていらねーよ。そんなことよりアタイは早く風呂に入りてえんだ。準備できてんのか?」

「もーちろんでございますリリック様っ! このニニア、ご主人様たちがお身体を清めて癒やして頂けるようにと大浴場を舐め回すようにピカピカに磨いております!」

「それって逆に汚いんじゃ……」

 

 ペロリと舌を出して問題発言をかましてくるニニアに向かって、コルンが思わずうげーとドン引きするような表情を浮かべる。その隣では同じような顔をしているユーニと、つい苦笑いを浮かべてしまうシズクの姿も。 

 けれどもそんな彼女たちの様子など一切お構いなしに、変態メイドは興奮しながら言葉を続ける。


「わたくしの使命は誇り高きメビウス飛空艇団であるご主人様たちを生涯かけてサポートすること! その為にはどんな扱いも暴言も恥ずかしめも喜んで受け入れる覚悟でございますにゃッ!」

「いやそんなこと堂々と宣言されても……」

 

 誰もそんなこと頼んでないんですけど? とコルンが呆れた表情を向けているにも関わらず、なぜかニニアの瞳の輝きがキラリと増す。


「なぜならメビウス飛空艇団のような華麗でお美しく、そして唯一無二の強さを誇る飛空艇団は他にいないですからねっ! しかも先ほどちらりとお耳にしましたが、なんでもリリック様はあの王魔獣を相手に生身で戦いを挑まれてご無事だったとか」

「はっ、あったりめーじゃねーか。なんたってアタイはヒストニア王国の炎豪を授かった女だからな! この世で怖いもんなんて存在するわけな――」


 声高らかにリリックがそんなことを豪語している途中だった。

 彼女の熱のこもった言葉を吹き飛ばすかのように突如怒声が響き渡る。


「誰じゃァァっ! ワシが作った可愛い飛空艇をこんな無残な姿にしおったバカもんはッ!!」

 

 まるで爆撃音のような老婆の憤怒の声がデッキ内に響いた瞬間、「「ひっ!」」と思わず身体を縮こませる団員たち。


「あーあーあー! 手摺は千切れとるし、左翼のエーテルケーブルも剥き出しになっとるじゃないか。まったく、何が天下のメビウス飛空艇団じゃ。聞いて呆れるわバカ垂れ!」


 そんな怒りの言葉を発しながらズイズイと飛空艇に近寄っていくのは、ユリイカの飛空艇技師であり飛空艇メビウスの生みの親でもあるアラクネ・パウークだった。

 深いシワが刻まれたその顔は、本来ならば隠居生活どころか介護を必要としてもおかしくないはずの年齢なのだが、アラクマからはそんな弱々しい雰囲気は一切感じられない。 

 むしろピンとはった背筋とその長身な見た目から、技師よりも飛空艇団として活躍していてもおかしくないほどの風格だ。そしてそんな彼女には二本の両腕とは別に背中から六本の腕が生えており、一目見ただけでアラクネが蜘蛛族の出身だということがわかる。

 分厚いゴーグルを頭に付けているアラクネは、右手に握った大きなスパナでゴンゴンと飛空艇の側面を叩いた。


「ちっ、本体のどっかに二、三箇所小さな穴まで空けやがって。しかも燃料のエーテルもほとんどスッカラカンじゃないか」


 スパナで叩いた音の反響だけで的確に巨大な飛空艇の状態を把握していくアラクネ。

 そんな彼女の隣には、同じようなゴーグルを頭につけた少女が真剣な瞳で飛空艇を見つめている。短髪ボーイッシュな見た目でいかにも無口そうな雰囲気を醸し出す彼女は、アラクネの弟子であるミントである。ちなみに彼女の背中からは腕は生えていない。


「ん? 甲板が少し焦げてるってことは……さてはあのバカ虎リリックの仕業じゃな」

「やっべ!」


 ギロリとアラクネに睨まれた瞬間先ほどまでの威勢はどこへやら、リリックはすぐさま背中を見せると走り出す。


「あ、アタイはちょっくら先に風呂に入ってくるわっ!」


 そう叫びながら虎のような身のこなしで出口へと一目散に向かっていくリリック。しかもその両足はエーテルによってちゃっかり強化しているのか、いつになく逃げ足が早い。


「はぁ……なにが無敵の炎豪よ。聞いて呆れるわね」

 

 情けない部下の後ろ姿に、つい頭を押さえてため息を吐き出すアイリス。

 そんな彼女の発言を聞いてドッと笑い声をあげるコロニーの住人たちと、相変わらずぶっ飛んだテンションでコルンたちにしつこく絡んでいる猫耳メイドのニニア。

 メビウス飛空艇団員のいる場所は、良い意味でも悪い意味でもいつも賑やかなのだ。

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