第14話 探索
思わぬところで人間の幼女と行動を共にすることになったメビウス飛空艇団の団員たち。
彼女たちはそのままヒナタに案内される形で慣れない樹海都市の中を奥へ奥へと進んでいく。
「ね、ねぇ……ほんとにこんなところに人間が住んでるの?」
ビクビクとした様子で声を漏らし、辺りを注意深く見回すコルン。
彼女たちが歩いているのは、かつての文明期では賑わいが絶えなかったであろう大きなアーケードの跡地だ。
遥か昔はこの街ならではのお店がずらりと続いていたのか、天井が崩れて落ちているアーケードの道の両脇には異界の植物に飲み込まれながらも様々な形をした建物が残っている。
それら一つ一つを物珍しそうに見つめながら、リリックたちは先へと進む。
「これだけ手付かずの建物が残っているとなると、科学文明期の秘宝の一つや二つは見つかりそうね」
「えっ、お宝だって?」
先ほどまで怯えていたはずのコルンが、アイリスがぼそりと漏らした言葉に狐耳をピクリと反応させる。
そして彼女は急に意気揚々とした足取りで近くの建物へと歩み寄ると、扉を失っている入り口部分から中を覗き込んだ。
「ふむふむ……たしかに見たことのない品物がたくさんありますねぇ」
何やらニヤニヤとした笑みを浮かべながら、足元に置いている小さな遺産を拾い始めるコルン。
そんな彼女の後ろ姿を見て、リリックが呆れたようなため息をつく。
「おい、元盗っ人」
「ぬ、盗っ人じゃないし!」
突然背中から聞こえてきたリリックの言葉に、コルンがハッと我に戻る。そして彼女は顔を真っ赤にしながらリリックのことを睨みつけるも、「元シーフだし!」と結局のところ同じ言葉を口にしていた。
そんな二人のやりとりを見て呆れたようなため息を吐き出すアイリスだったが、今度は自分の胸元にいるヒナタをちらりと見た後、隣を歩くシズクに尋ねる。
「あの、シズク……」
「ん? どうしたの?」
珍しくどこかぎこちない口調で話しかけてきた副団長に、シズクが小首を傾げる。
するとアイリスはコホンとわざとらしく咳払いをすると再び言葉を続けた。
「その……どうして私がこの子を抱くことになっているのかしら?」
そう言って自分が抱き抱えている幼女にチラリと視線を戻すアイリス。
もちろんメビウスの副団長である彼女とはいえ幼い子供と接する機会はあるのだが、それは主に獣人の子供に限ったことが多く、こうやって人間の幼子と接することなどほとんどない。
ましてやユリイカのコロニーならまだしも、人間から敵対視されることが多い獣人であるアイリスにとってこの状況は珍しいことであり、そしてまた慣れないことでもあるのだ。
するとそんな彼女の心境を察したのか、シズクがクスリと笑う。
「だって私はユーニを抱っこしてるし、さすがにあの二人には頼めないでしょ」
そう言ってチラリと後ろを振り返るシズク。その視線の先では、リリックとコルンが自分たちの後ろを歩きながら相変わらずガミガミとうるさく言い合っていた。
そんな光景を見てアイリスがまたも呆れたように肩を落としていると、再びシズクの声が耳に届く。
「それにヒナタちゃん、けっこうアイリスには懐いてると思うよ」
「……」
どこまで本心で言っているのか、シズクの言葉を聞いてアイリスが今度は困ったように小さく息を吐き出す。
するとそんな彼女の顔を不思議そうに見上げていたヒナタがぼそりと口を開いた。
「ねぇ、うさぎのおねーちゃんはどうして頭にお耳が生えてるの?」
「……兎だからよ」
何と答えたらいいのかわからない疑問を投げかけてくる幼女に、アイリスは思わずそのままの言葉を返してしまう。
「ちなみに頭の耳だけじゃなくてお尻には可愛い尻尾も付いてるんだぜ」
「リリック、余計なことは言わないで」
後ろから茶々を入れてくる団員に、アイリスがすかさず鋭い睨みを利かせる。
そんな副団長の姿を見て、隣を歩くシズクとユーニはくすくすと肩を震わせていた。
「そういえばさ、君がずっと大事そうに持ってるものって何なの?」
ひょこっと横から顔を出してきたコルンが、ヒナタが手に持っているものを見つめながら尋ねた。
すると「これ?」と言葉を返したヒナタがその左手をコルンの方へと向ける。
「お姉ちゃんがくれたおやつの木の実だよ」
そう言ってヒナタが広げた手のひらの上にあったのは、丸い形をした小さな固形物だった。
おそらく人間たちが独自に育てているものなのだろうか。一見すると泥団子のようにも見えるその物体を見て、「うげっ」とリリックがすぐさま顔をしかめた。
「テメェら人間はいつもそんな気持ち悪いもん食ってんのか?」
「こらリリック」
幼女相手とはいえ失礼なことを口走るリリックに、コルンが彼女の背中をパシンと叩いた。
するとさすがに言い過ぎたとわかったのか、リリックは「じょ、冗談だって」と苦笑いを浮かべながら慌てて訂正する。
そんな彼女のことをコルンと同じくアイリスが目を細めて睨んでいると、再びヒナタがぼそりと言った。
「ほんとはお姉ちゃんが食べるはずだったんだけど、わたしがおなか減ってるからって……」
どこか寂し気な声音でそんなことを話すヒナタ。着ている服といい、食べているものといい、ここでの生活がどれほど過酷なものかということは一目瞭然。
資源が乏しい小さなコロニーはこの世界でも多数存在するが、それでも魔物や樹海からの脅威からはある程度守られている。だがしかしここでの生活はそれさえも保証されていないのだ。
あまりにも過酷な地で生きる少女に対して、アイリスは思わず掛ける言葉を失ってしまう。
するとそんな沈黙を埋めるかのように、シズクの胸元にいるユーニが今度は口を開いた。
「ヒナタちゃんのお姉ちゃんは優しいんだね!」
明るく無邪気な声でそんな言葉を口にしたユーニに、ヒナタも「うん!」と嬉しそうに返事をする。
「お姉ちゃんはね、いつも優しいんだよ! それに強くて頭も良くて、わたしもいつかお姉ちゃんみたいな人になりたいの」
パッと顔を輝かせながら、自分の姉妹について話すヒナタ。そんな彼女の姿を見て、何か心に通ずるものがあったのか、アイリスがふっとその口元を緩める。
「素敵なお姉さんがいて、良かったわね」
優しい声音でアイリスが告げた言葉に、ヒナタは再び彼女の顔を見上げると、嬉しそうに笑って応えるのだった。
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