第13話 戦闘開始 〜その②〜
「なんでこんなところに人間が⁉︎」
戦いの最中とはいえ、さすがのアイリスも動揺したような声を漏らす。
幼女を追い詰めている魔物はこの群れのボスなのか、他の魔物たちと比べるとその胴体は随分と大きい。
ひ弱な人間の子供であればいとも簡単に餌にされてしまってもおかしくはない光景を前に、リリックが急いで地面を蹴る。
「ちっ、間に合わねぇ!」
幼女を丸呑みにでもするつもりなのか、魔物が大きく口を開いた瞬間、リリックが思わず苦い声を漏らす。
すると彼女の後方にいたシズクが、右手に握りしめているハンドガンの銃口を幼女がいる方向へと素早く向ける。
【エーテル装填・ストライクショット】
シズクが術を発動した直後、空っぽだったはずの弾倉に突如エーテルの光が現れ、それはあっという間に弾丸の形を形成。そして彼女は躊躇うことなくすぐさま引き金を引いた。
『グギャウッ!』
一発の銃声が響いだ瞬間、シズクの放った光の銃弾が見事に魔物の左眼に的中。
そしてその巨躯がよろめいたのを捉えたリリックが、跳躍して魔物との距離を一気に詰める。
「ハァァァーーッ!」
刃を大きく振り上げた彼女は、魔物めがけて強烈な一太刀を放った。エーテルの力によって肉体と大剣の強度が増しているその一撃は、本来であれば鋼さえも通さぬ敵の身体をいとも容易く一刀両断。
その光景を見てさすがに他の魔物たちも身の危険を感じたのか、リリックが着地すると同時に相手の集団は一斉に離散していく。
「とりあえず間に合ったか」
逃げていく敵の後ろ姿を睨んでいたリリックは、今度は瓦礫の片隅で震えている幼女へと視線を移す。
歳はおそらくユーニと同じか、少し上ぐらいだろう。黒髪の幼女が着ている服はボロボロで、何かを大事そうに抱いている彼女は怯えた目でリリックのことを見上げる。
「良かった、無事だったんだ」
慌てて駆けつけてきた他の団員たちが、リリックの目の前にいる幼女を見てほっと胸を撫で下ろす。
けれども続々と集まってきたそんな彼女たちを前に、幼女はますます怯えた表情を見せる。
「ま、魔物……」
「あ? 誰が魔物だって?」
獣人であるリリックの姿を見てそんな言葉を漏らした幼女に、不機嫌そうに眉根を寄せたリリックがギロリと睨みを利かせる。
するとそれを見たアイリスが、「リリック」とすぐに鋭い声で制した。
「子供相手に何をしているの」
「だって恩人と魔物の区別もつかないんだぜ?」
副団長に咎められたリリックが不服そうに言葉を返す。
そんな大人げない彼女の姿に、呆れたようにため息をつくアイリス。そして彼女はそっと姿勢をかがめると、「大丈夫?」と目の前の幼女に優しく話しかけた。
が、しかし……
「う、うさぎのお化けっ!」
「おば……」
予想だにしなかった幼女の発言に、優しい弧を描いていたはずのアイリスの唇が思わず引きつる。
そんな副団長の後ろでは、「お化けは最高だな!」と今度はリリックが声を上げてけらけらと笑っていた。
「ゴホン……私はお化けでも魔物でもないから怖がる必要はないわ」
ちらりとリリックのことを鋭く睨みつけた後、再び優しい声音で幼女に話しかけるアイリス。
けれども相手にとっては獣人も魔物もみな同じに見えてしまうのか、怯えた表情を浮かべたままの彼女はアイリスからじりじりと離れていく。
するとそんな状況を見て、今度はシズクが一歩前へと出た。
「私はあなたと同じ人間だよ」
「……」
幼女と同じ目線になって、優しく微笑みかけるシズク。その頭に獣耳が生えていないことと、自分と同じ髪の色をしていることに気づいた幼女が後ずさりしていた足をピタリと止めた。
そして今度は様子を伺うようにシズクのことを見上げる。
「ね、怖くないでしょ?」
「……うん」
やっと自分たちに敵意がないことが伝わったようで、シズクの言葉に小さく頷きを返す幼女。
魔物に襲われて張り詰めていた緊張感がようやく解けてきたのか、目元に溢れてきた涙を彼女は右手でゴシゴシと擦る。
「あ、怪我しちゃったんだね」
幼女の右手を見たシズクがふと声を漏らした。見るとその小さな手の甲には、魔物から逃げている時に負ってしまったのか、痛々しい切り傷ができていた。
シズクはその怪我に注意しながら幼女の右手にそっと触れると、今度は後ろを振り返って「ユーニ」と呼びかける。
「この子の怪我も治せる?」
「うん、まかせて!」
メビウスの小さな団員はシズクの言葉にすぐに返事をすると、彼女と同じように幼女の前へと近づいていく。
頭から馬の耳を生やしたユーニを見て再び怯えた表情を見せる幼女だったが、ユーニはそれでもニコリと笑うと言葉をかける。
「だいじょうぶだよ! すぐに治るから」
明るい声でユーニはそう言うと、自分の両手をそっと前へと出して幼女の右手へとかざす。
そして彼女は静かに目を閉じると、手のひらへと意識を集めた。
【属性展開・エーテルリカバリー】
ユーニが術を発動した瞬間、彼女の手のひらから淡い緑色の光が現れ始め、それは幼女の右手を包み込むかのように集まっていく。
そしてその直後、光に包まれた中ではユーニの意志を具現化するエーテルの力によって、幼女の傷がみるみるうちに治っていくではないか。
まるで魔法でも見ているかのような不思議な光景を前に、幼女は恐怖も忘れて目をパチクリとさせる。
「ほら、これでもうだいじょうぶだよ!」
再び目を開けたユーニが明るい声を向ける先では、自分の右手を見つめながら呆然としている幼女の姿。見ると、その右手の甲にあった傷は完全に治っていた。
「な、治ってる……」
驚きのあまり思わず声を漏らす幼女を見て、ユーニとシズクは目を合わせるとクスリと微笑む。そしてシズクは再び幼女の方を向くと、優しい声音で言った。
「私の名前はシズク。あたなのお名前は?」
「わたしは……」
シズクの問いかけに少し戸惑うような表情を見せる彼女だったが、「……ヒナタ」と小声で自分の名前を伝える。
「そっか、ヒナタちゃんね」
よろしく、と右手を差し出してきたシズクに、おずおずとした様子ながらもその手をそっと握り返すヒナタ。すると今度は隣にいたユーニが嬉しそうに口を開く。
「わたしはユーニだよ! よろしくねヒナタちゃん」
「う、うん……」
歳の近い相手に出会ったことがよほど嬉しいのか、ユーニはヒナタの手をきゅっと握りしめるとそのままぶんぶんと上下に振る。
そんな彼女の姿を見て、「こらこら」と困ったような笑みを浮かべたシズクが、再びヒナタに向かって尋ねた。
「それでヒナタちゃんはどうしてこんなところにいたの?」
「お姉ちゃんと一緒に食べ物をさがしに来たんだけど、途中ではぐれちゃって……」
「お姉ちゃん?」
ヒナタがぼそりと口にした言葉に、後ろで話しを聞いていたアイリスが思わず聞き返す。それと同時にコルンとリリックが辺りをきょろきょろと見回し始めた。
「あなた、お姉さんとはどこではぐれたの?」
「えっと……」
再び自分の方へと近づいてきたアイリスに一瞬びくりと肩を震わせたヒナタだったが、先ほどよりかは恐怖心が薄らいでいるのか、逃げる様子はなく彼女の問いかけについて考え込む。
「……わからない」
「なんだよそりゃ」
ヒナタの言葉を聞いて思わず呆れた声を漏らすリリック。すると周りにいる団員たちが「リリック」と彼女のことをチラリと睨む。
「でもどうすんだよ、このままコイツを置いていくのか?」
「いや、さすがにそれはマズいでしょ」
ぶっきらぼうな発言をするリリックに、コルンがすかさず突っ込みを返した。いくら魔物を退治したとはいえ、いつまた現れるのかわからないような場所に人間の女の子を置いていくわけにはいかない。
かと言ってこのまま任務に同行させるわけにもいかないので、団員たちは顔を見合わせると困ったような表情を浮かべる。
すると、そんな彼女たちを見上げていたヒナタが再び口を開いた。
「もしかしたら先におうちに帰ってるかも」
「お家に帰ってるかもって……あなたまさか、こんな場所に住んでるの?」
思わず驚く表情を浮かべるアイリスに、「うん」とヒナタは当たり前のように頷く。
今は幻影雲の影響で負のエーテルが弱まっているとはいえ、樹海都市であるこの周辺は本来であれば生物の生存ができないほど汚染された場所だ。
そんなところにいながらも、アイリスからの質問に平然と言葉を返したヒナタに他の団員たちも思わず目を見開く。
「ねえ、ヒナタちゃんのおうちはどこにあるの?」
アイリスと同じく驚いた表情を浮かべていたシズクが目の前にいる幼女に向かって尋ねた。
すると相手は辺りをきょろきょろと見渡した後、「あの辺りだよ」と言って荒れ果てた地上がどこまでも続く方向を指差す。
「あの辺りって……あのおっきな木があるところ?」
ヒナタが指さす方向を「んん?」と目を細めながら見つめていたコルンが呟く。彼女たちが視線を向ける先に見えたのは、樹海が蔓延る景色の中でも一際大きく生え伸びている大樹の姿だった。
おそらく高さはゆうに百メートルは超えているだろう。まるで天まで突き抜けるがごとく聳え立つその巨木にはかなりの負のエーテルが溜め込まれているのか、辺りにある植物と比べても闇色が一段と濃い。
樹海都市の中でも明らかに危険な雰囲気が漂うそんな光景を前に、コルンがゴクリと唾を飲み込む。
するとそんな彼女を安心させるかのように、「ううん」とヒナタが首を振る。
「おうちはあの木があるところじゃなくてもっと手前のところ」
「そ、そっか……」
ヒナタの言葉を聞いてどっと安堵したのか、大きく息を吐き出すコルン。
すると今度はアイリスが彼女に向かって再び尋ねる。
「あなたの住む場所には、他にも人間が住んでいるのかしら?」
「うん、街の人たちがいるよ」
アイリスの問いかけに、ヒナタがこくりと頷く。
そんな彼女の返答を聞いて何かを考え込むように眉間に皺を寄せたアイリスは、少しの間黙り込んだ後、再び唇をそっと開いた。
「……この子を家まで送ってあげましょう」
副団長が静かに告げた判断に、ほっと胸を撫で下ろす団員たち。けれどもそんな中でリリックだけがすぐさま反論する。
「おいちょっと待てよアイリス。家まで送るって、任務はどうすんだよ?」
険しい声音でそう尋ねた後、リリックはちらりと東の空を見上げる。灰色の雲が続く向こうには、それよりもはるかに濃厚で黒々とした分厚い雲が広がっていた。
この地に近づいている幻影雲のことも考慮すると残された時間が少ない中での副団長の判断に、どうやら彼女は不満があるらしい。
けれどもアイリスはそんなことは百も承知だと言わんばかりに冷静な声音で言葉を返す。
「もちろん任務は継続するわよ。それに闇雲に探し回るよりも、ここに住んでいる人間なら研究施設があった場所について何か知っているかもしれないわ」
あらゆる選択肢を比較して最も最善かつ迷子の少女にとっても安全な策を口にするアイリスに、リリックも思わず黙り込む。
そしてそれを了承の意と捉えた彼女は、足元にいるヒナタの目線までしゃがみ込むと、彼女に向かって優しい声音で言う。
「あなたをみんながいるところまで送って行くわ。だから、道案内をお願いできるかしら?」
「うんッ!」
自分の家まで帰れると聞いて安心したのか、アイリスに向かって初めて笑みを見せるヒナタ。
そんな彼女を見てアイリスも満足げに微笑むと、再び立ち上がり団員たちの顔を見る。
「それじゃあみんな、任務続行よ」
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