第9話 飛空挺乗りの言い伝え 〜その②〜

 コルンはそう言うと、まるでお化けでも見るかのような表情でリリックのことを見つめる。するとそんな会話を聞いたユーニが、「わぁ!」と目を輝かせた。


「すごーいっ! リリックってお姫さまだったんだ!」

「ああそうさ、アタイはヒストニア王国の由緒正しき王族の血をひいた……」


 胸を張って自慢げにそんなことを話し始めたリリックだったのだが、何やら他の団員たちの様子がおかしいことに気づいてふと言葉を止める。


「ぷふっ、リリックが……お姫様って……」

 

 クスクスと漏れる声を両手で必死に抑えながら顔を伏せたコルンがぼそりと呟く。

 見ると隣にいるシズクだけでなく、普段はクールなはずのアイリスでさえリリックから顔を逸らしてその肩を震わせているではないか。


「テメェらな……」

 

 怒りの滲んだ声を漏らし、ギロリと団員たちのことを睨みつけるリリック。だがその顔が真っ赤になっているのは怒っているからというよりも、残念ながらほとんど恥ずかしさによるものだった。


 とは言ってもこのままリリックを放置していると面倒なことになりそうだと思ったアイリスは、コホンと咳払いをして意識を切り替えると再び冷静な口調で口を開く。


「任務の中で誰が相手になろうと私たちがすべきことは常に最善を尽くすことよ。その為にはたとえ何が起こったとしても己のペースを乱さず、メビウス飛空艇団としての誇りと信念を忘れてはいけないわ」


 わかった? と強い口調で尋ねてくる副団長の言葉に、他の団員たちの表情が再び引き締まる。


「うん。アイリスの言う通り、私たちはメビウス飛空艇団だもんね」

「んなこと言われなくたってわかってるっつーの」

「はいはーいっ! ユーニもみんなといっしょに頑張る!」

「まあこのメンバーなら誰が相手だったとしても何とかなるでしょ」

「そうなのですっ! お美しくそしてお強いメビウス飛空艇団のご主人様たちなら、どこへ行っても敵無し問題なしなのです!」

「………………」



「「「おい、ちょっと待て」」」



 突如この場に現れた六人目の存在に、思わず団員たちの声が重なった。

 目を見開く彼女たちの視線の先にいたのは、どこから現れたのか、まるでさも団員かのように円卓のテーブルに座っているメイド姿のニニアだった。


 ある意味奈落の亡霊や帝国軍よりも恐ろしい相手の登場に、さっそく自分たちのペースをかき乱されてしまうメビウス飛空艇団。


「ちょ、ニニア……あんたいつからいたの?」

「いつからも何も、私も皆様と一緒にこの船に乗船し、そして先ほどまではこのテーブルの下でご主人様たちの生足を……」 

 

 じゅるりとヨダレを啜りながら何やらロクでもないことを言い出しそうな専属メイドを前に、「ユーニは聞いちゃダメよ」とすかさず彼女の両耳を塞ぐシズク。

 その目の前では頭痛でもしてきたのか、アイリスが悩ましげな表情を浮かべながら頭を押さえた。


「はぁ……困ったわね。今さら降ろすわけにもいかないし、いっそエーテル壁の中にでも閉じ込めておくべきかしら」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいアイリス様! わたくしはちゃんとナムラ様に頼まれて同行することになったのです! だからその手をお下げくださいッ!」

 

 今にも自分に向かって術を放ちそうなアイリスに、ニニアが必死になって嘆願する。するとそんな二人のやりとりを見ていたリリックが呆れた口調で言う。


「まあいざとなったら魔物の餌ぐらいにはなるだろうし、このまま乗せときゃいいんじゃねーか?」

「うっ……リリック様もなかなかのサディスティックぶりですね」

 

 でもそんな言葉責めも嫌いじゃないですけどね! とわけのわからない発言と同時にウィンクを決めるニニア。

 相変わらず頭の中のネジがぶっ飛んでいる専属メイドのそんな態度に、団員たちがますます白けた視線を送る。


「わたくしニニアはご主人様たちが快適かつ安心して空の旅を果たすことができるようにと、この度ナムラ様より正式に任を授かったのです。なので皆様、この飛空艇に乗っている間はどうぞ大船に乗ったつもりでお寛ぎくださいッ!」

「いやもう不安と恐怖しかないんだけど……」

「うん、確かに……」

 

 自信たっぷりな口調で専属メイドとしての意気込みを宣言するニニアに、コルンだけでなくシズクでさえも思わず苦笑いを浮かべてしまう始末。

 しかしそんな彼女たちの様子などもちろんお構いなしに、ニニアはふんと鼻から息を吐き出すとヤル気たっぷりな声で言う。


「それではさっそくメビウス飛空艇団の専属メイドとしての責務を果たす為に、ご主人様たちのお部屋のベッドメイキングから始めたいと思います!」

 

 やたらとベッドの部分だけを強調してニヤリと怪しい笑みを浮かべたニニアは、そのまま「ではでは」と言葉を続けると、嬉しそうにお尻の尻尾を振りながら扉の方へと向かっていく。

 その後ろ姿を見て今晩の我が身が危険になるとでも察知したのか、「ちょっと待ってよニニアっ!」と慌てて椅子から立ち上がったコルンが後を追う。


「はぁ……これじゃあ先が思いやられるわね」


 せっかく団員たちの士気を高めることができたと思ったものの、番狂わせのニニアの登場によって邪魔をされてしまったアイリスがため息と共に大きく肩を落とした。


 どうやら今回の任務は、飛空艇に乗っている間も試練を強いられてしまうようだ。

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