第31話 和解
化け物たちが消えて、再び地上へと足を下ろしたアイリスたちは、人間たちが集まっている広場へと向かっていた。
「どうやら無事だったようね……」
人間たちがいる広場を前にして、アイリスがそんな言葉を呟く。
辺りの景色は変わり果ててしまっているが、その前に彼らたちはこの場所へと避難できていたようだ。
ただそれだけを確認しに来た彼女たちだったが、再び飛空艇へと戻ろうとした時、群衆の中から自分たちに歩み寄ってくるミカゲの姿に気づいた。
「どうやら……またあなた達に助けられたようだ」
そう言ってミカゲは彼らを代表するかのようにその頭をアイリスたちに向かって深々と下げる。
「はっ、これでちょっとは獣人のことも見直しただろ」
ぶっきらぼうにそんな台詞を吐くリリックに、アイリスたちが呆れたように目を細める。
すると顔を上げたミカゲが再び言葉を続ける。
「たしかに。だが、彼らたちは……」
悩ましげな口調でそんな言葉を口にしたミカゲは、そっと後ろを振り返る。そこに映るのは、どこか戸惑ったような表情を浮かべて自分たちのことを見つめている人間たちの姿だ。
そんな彼らたちを見て小さく息を吐き出すアイリスは、目の前の老人へと再び視線を戻す。
「別に私たちが気にするようなことではありません。人間と獣人の溝はそれだけ昔から深いということですから……」
静かな声音でそう語るアイリス。自分たちも心のどこかで戸惑っているように、彼らたちもまた悩んでいるのだろう。
恐れを抱き続けてきた相手に、宿敵だと憎み続けてきた相手に、自分たちの命を救われたことをどう受け止めればいいのかと……
そんなことを思うアイリスは、群衆の中で姉の後ろに隠れながら自分たちのことを見ているヒナタの姿に気が付いた。
自分たちがこの樹海都市へと訪れていなければ失っていたであろう小さな命。その輝きを守り抜くことができたことを改めて知った彼女は、その口元を僅かに緩める。
「……いつか、分かり合えるといいですね」
ふと呟くようにそんな言葉を口にしたアイリスは、ミカゲに対して小さく頭を下げると彼らたちに背を向ける。
そして同じように後ろを振り返った団員たちと共に、飛空艇に向かって歩き始めた。
「ねえアイリス、ほんとにこんな終わり方で良かったの?」
「……ええ」
戸惑うように尋ねてくるコルンに、アイリスはただ静かに答えた。
互いに別れを惜しむことができる時が来るのは、もっと先のことだろうと。
自分たちがそのきっかけの種を植えることがもしもできたなら、それだけでも十分だ。
そんなことを思い、目の前に見える飛空艇へと向かっていると、ふと背中から聞き覚えのある声が届く。
「――うさぎのおねーちゃんっ!」
幼いながらも意志のこもったその声に、団員たちがふと足を止める。
そして後ろを振り返ると、そこに映ったのは息を切らしながら自分たちに向かって走ってくるヒナタの姿。
「ヒナタちゃん!」
自分たちに駆け寄ってくる少女の姿に、嬉しそうな表情を浮かべるシズクやユーニたち。
するとヒナタはアイリスの元まで走ってくると、その足元にぎゅっとしがみついた。
「……ヒナタ」
思わず驚いた表情を浮かべたアイリスが、無意識に彼女の名前を口にする。
するとヒナタは顔を上げると、その小さな唇をそっと開く。
「また……会えるよね?」
目に涙を浮かべながら、アイリスとの別れに自分の想いを言葉にする幼女。
その真っすぐな瞳と幼い彼女の姿に、アイリスはいつかの自分の面影を見る。
自分にとって、一番大切だった絆。
そしてそれを取り戻したくて、切実に願ったあの日のことを……
あの時どうしても聞きたかった言葉が彼女の心に浮かんだ瞬間、アイリスはゆっくりとその場に膝をつくと、同じ目線に立ったヒナタを見て静かに微笑む。
そして彼女は、歌うような優しい声でこう告げた。
「ええ……必ずまた会いに来るわ」
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