第30話 頂点
ユーニの術によって本来の力を取り戻すことができたリリックが力強く自分の拳を握り締めた。
そして彼女は同じく万全の状態へと戻ったアイリスと共に化け物を睨みつける。
「期待しているわよ、メビウスの炎豪」
「はっ、言ってくれるじゃねーか」
アイリスの口から珍しくそんな言葉を聞いたリリックが、背中に携えている大剣を引き抜いて構えた。
そしてそれを合図にするかのように、今度はアイリスが化け物の方へと向かって一歩前へと出る。
「ヤバいよ二人とも! またアイツがーー」
コルンがそんな声を上げた瞬間だった。
化け物も再び攻撃態勢へと入ったのか、その口元には禍々しいエーテルエネルギーの光が集まっていくではないか。
「そうはさせないわよ」
アイリスはそう呟くと、己の身体からエーテルを最大限に放出。そしてそれを瞬時にして攻勢のエーテル術へと変化させる。
【属性展開・アイスフィールド】
膨大なエーテルの輝きに彼女の意志が解き放たれた瞬間だった。
魔物を中心とした辺り一帯の景色が一瞬にして青く透き通った氷の世界へと飲み込まれてしまう。
「なッーー」
団員たちでさえ初めて見る桁違いのエーテル術の展開に、思わず目を見開くリリックたち。そして身体の半身以上を凍らされて身動きが取れなくなった魔物も、突然の展開に理解が追いつかないのかその口元に集めていた術を解いてしまった。
「今よリリック!」
強大な術を展開しながら自分の名を叫んだアイリスに、リリックは「おうッ!」と声を上げるとすかさず術を発動する。
【獣人解放・炎魔召喚】
リリックの力によって再びこの世界に召喚された炎の化身が、化け物を睨みつけて凄まじい咆哮を発する。
そしてその直後、彼女はすぐさま火虎の背中に飛び乗ると、そのまま化け物に向かって甲板から勢いよく飛び出した。
「ハァァァーーッ!」
火虎の脅威的な跳躍によって一直線に化け物へと接近したリリックは、構えた大剣にエーテルを注ぎ込むと、敵の凍りついた右脚めがけてその刃を大きく振り切る。
【属性展開・灼熱の爆炎魔】
膨大な熱量と破壊力を持った大剣の刃が敵に直撃した瞬間、激しい爆発と共に灼熱の炎が吹き荒れた。
『グウォォーーーッ!』
リリックの放った会心の一撃は、アイリスの氷をも溶かして魔物の身体に直接ダメージを与える。そして彼女はその一撃だけには止まらず、灼熱の炎を纏った攻撃を次々と繰り出していく。
「ハァァッ!」
尋常ならぬエーテルを大剣へと注ぎ込み、敵の身体にダメージを蓄積させていくリリック。
凄まじい爆発と熱によって、アイリスが作り出した氷の世界が今度は炎に飲み込まれていく。
「まだまだァッ!」
再び大剣を構えたリリックが、今度は化け物の背中めがけて大剣を振り下ろそうとした瞬間だった。
溶け始めた氷を破壊して後ろ脚を引き抜いた相手が、リリック目掛けて強烈な蹴りを繰り出す。
「ちッーー」
視界に強烈な一撃が飛び込んできた直後、リリックを乗せた火虎は俊敏な動きでそれを躱した。
けれども相手の攻撃は直接当たらずとも激しい衝撃波を生み出し、辺りの地形をも一瞬にして変えてしまう。
「めちゃくちゃだなオイ……」
そのあまりに埒外な攻撃に思わずゴクリと唾を飲み込むリリック。するとその直後、再び相手の攻撃が彼女を狙う。
「くっーー」
リリックがまたも火虎と共に敵の攻撃を躱そうとしたまさにその瞬間、彼女の目の前で大鹿の脚が一瞬にして凍りつく。
アイリスの援護によって助かったリリックは、その隙に火虎と共に咄嗟にその場から離れた。
「アイリス、このままだとリリックが……」
化け物と戦う仲間の姿を見ていたシズクが、不安げな声音で口を開いた。
アイリスの術によって一時的に動きを止めているとはいえ、敵はすでにその尋常ならぬ力で彼女の術を打ち破ろうとしている上、リリックの凄まじい炎によって氷そのものが溶かされ始めている。
このまま戦いが続けば、再び化け物が動き始めてこの場にいる全員が危険に晒されてしまうと危機感を感じているシズク。
「まだよ、あともう少し……」
自身も莫大な力を消費しながら氷の世界を再生し続ける彼女が苦しそうな声音で呟く。
するとそんな彼女に対して、シズクが再び口を開こうとした時だった。
彼女の額にぽつりと何かが当たる。
「……雨?」
ふとそんな言葉をこぼしたシズクが見上げる視線の先、いつの間にか黒々とした分厚い雲に覆われた空からは雨が降り始じめていた。
「リリック、もういいわ! 戻って!」
不意にアイリスがそんな言葉を叫んだ直後、彼女の術を打ち破った化け物が咆哮と共に凄まじい衝撃波を辺りに放つ。
その攻撃に思わず巻き込まれそうになりながらも、火虎の身のこなしになって何とか体勢を立て直すことができたリリックは飛空艇を見上げ叫んだ。
「戻れって、このままだとまたコイツが暴れるぞッ!」
燃え盛る炎と氷に包まれた異色の世界の中で、再び自由を取り戻してしまった化け物。
自分の攻撃によってダメージを負っているとはいえ、リリックの瞳に映る相手はいまだ十分すぎるほどの脅威のままだ。
もはや手に負えないほど怒りを露わにする化け物を見上げ、「くっ」と思わず苦い声を漏らすリリック。
けれども彼女の上空、飛空艇の甲板から化け物を見つめるアイリスの顔には、すでに焦燥の色は無くなっていた。
なぜなら彼女にとって本当の狙いは、敵の動きを封じることでも、ダメージを与えることでもない。
「アイリスっ!」
再び暴れ始めた化け物を前に、必死になって副団長の名を叫ぶコルンたち。
それでもアイリスは、ただ黙ったまま空を見上げていた。
自身が生み出した氷をリリックの灼熱の炎で溶かすことによって生み出した雲を。
自分たちの放った莫大なエーテルを取り込んだことによって生まれたその魔の領域を。
「……来たわ」
空を見上げていたアイリスがぼそりと声を漏らした。その直後だった。
目の前にいる化け物とは全く異なる咆哮が空一帯に響き渡った。
「――ッ!?」
突然の出来事に、驚きの表情を浮かべて頭上を見上げる団員たち。
地上へと迫りくる強大なエーテルエネルギーに気づいたのか、暴れていた化け物でさえもその動きをピタリと止めて空を見上げたーーまさにその瞬間だった。
突如として雲の中から現れた巨大な『口』が、その凶悪な牙を剥き出しにして化け物へと襲いかかったのだ。
「なッーー」
予想もできなかった光景に、思わず目を見開いて息を止めるリリック。
その瞳に映るのは、地上にいる化け物でさえも小さく思えてしまうほどの巨大な甲羅を持つ大亀の姿。
いつか自分たちに牙を向けてきた魔物の王は、今度はその強さと凶暴さを世界に示すかのように、地上にいる未熟な化け物へと容赦なく牙を向ける。
『グゥオオオオーーーッ!』
胴体を噛みつかれた相手が悲痛な鳴き声を上げる。そして化け物は抵抗することもできずに地上から離れ、まるで非力な獲物かのように空中で大きく振り回された後、そのまま大亀と共に暗雲の中へと姿を消してしまった。
そのあまりにスケールが違い過ぎる闘いを、終始目を見開いていたまま見上げていたリリックたち。
自分たちの手の届かない世界の中で、真の王者だけの雄叫びがいつまでも続いていた。
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