第32話 エピローグ

 樹海都市の探索という前代未聞の任務を終えたメビウス飛空艇団は、長い船旅を終えて、今回も全員無事にユリイカへと帰ってくることができた。


「そうですか……厄災の原因を知ることができたのですね」

「……はい」

 

 ユリイカの最上階に位置する部屋で、コロニーの長であるナムラと今回の任務結果を報告するアイリスの声が響いた。

 副団長である彼女は、地下で自分たちと同じく奈落の亡霊と戦っていたリリックから、あの化け物の正体について話しを聞いていた。


 かつてこの世界で起こった厄災。

 そしてその火種となった、一人の獣人の少女の存在。

 以前の自分であれば信じることが難しい話しではあるが、奈落の亡霊と戦った今の彼女にとっては、理解できない話しでもなかった。


「あの、ナムラ様……」

 

 思い詰めたような表情を浮かべるアイリスが、目の前に座る老人に向かって静かに口を開く。


「もしも厄災の原因が私たち獣人であったというのであれば、この世界に存在する王魔や魔物というのはもともと……」

「……」 

 

 アイリスの語る言葉の続きを辿っていくかのように、そっと目を閉じるナムラ。

 そしてしばらくの間黙り込んでいた彼女は、再び目を開けるとその瞳にアイリスの顔を映す。


「そのことについては、今の私たちには何も判断することはできないでしょう」

 

 ……ただ、とナムラはそこで言葉を区切ると、窓の向こうに広がる空を見つめた。


「混沌が続くこの世界の中で私たちが生きていく為には、獣人や人間といった区別や差別などなく、誰もが手を取り合うことが何より大切です」

 

 そう語るナムラは静かに視線を戻すと、目の前に座るかつての教え子を見た。


「あなたが今回の任務で繋げてくれたように」

「……」

 

 そっとそんな言葉を口にしたナムラは、優しい瞳を浮かべてアイリスの手のひらにあるものをそっと見つめる。


 出発する彼女たちとの別れを惜しむヒナタが、感謝と再会の願いを込めて、アイリスに贈った小さな木の実を。


***


「ったく、またすぐに任務かよ」

 

 デッキへと足を踏み入れたリリックが、面倒くさそうな声を上げる。

 少しの間、コロニーでの休息を味わっていた彼女たちだったが、つい先日ナムラから新しい任務を託されたのだ。


 いつものように飛空艇の前に集まった団員たちの顔を順に見るアイリス。

 そんな副団長に向かって、再びリリックが口を開いた。


「まさかとは思うが、今回もやっかいな任務じゃねーだろうな?」

 

 眉間にぎゅっと皺を寄せてそんなことを尋ねてくる彼女に、アイリスは冷静な表情のまま言葉を返す。


「その心配はないわ。今回の任務は、かつてヨーロッパと呼ばれた地域で起こっている樹海の異変の調査だから」

「それってやっぱりやっかいなんじゃ……」

 

 淡々と任務の説明をする副団長の言葉に、思わず引きつった苦笑いを浮かべるコルン。

 するとそんな彼女の隣では、シズクの胸元にいるユーニが手を挙げて、「はいはーい! ユーニはがんばるもんっ」とヤル気たっぷりな表情を浮かべていた。


「ねえアイリス、飛空艇のほうは大丈夫なの? この前の任務が終わってからそんなに日は経っていないけど」

 

 そんな疑問を口にしたシズクは後ろを振り返ると飛空艇を見上げた。

 前回の任務ではミントが同行していたとはいえ、王魔と並ぶ化け物との戦いで船体はかなり消耗していた。

 するとそんな彼女の不安に対して、アイリスはこれまた落ち着いた声音ですぐに答える。


「その点も問題はないわよ。すでに飛空艇の修理は終わっているし、それに今回は心強い同行者が……」


 アイリスが口にした言葉に、リリックが「同行者?」と怪しむようにさらに目を細めた直後だった。

 彼女たちの頭上から、突然覇気のある怒声が響く。


「いつまでグダグダやってるんだいメビウスのガキどもッ! こっちはもう準備万端だよ!」

「げっ! アラクネのばーちゃん……」

 

 予想外の同行者の登場に、先ほどまでアイリスに噛み付いていたリリックの表情が一変。

 するとそんな彼女を見て、アラクネが一言物申す。


「あたしがいる前で飛空艇を傷付けたらタダじゃおかないからねリリック」

 

 まるで悪ガキに注意するかのようなアラクネの言葉に、思わず「ひっ」と小さく悲鳴を漏らすメビウスの炎豪。

 そしてそんな彼女を見て、呆れたようなため息をつくアイリスと、つい我慢できずに肩を震わせるコルンたち。


 どうやら今回の任務も、彼女たちにとっては波瀾万丈の旅路となりそうだ。


(終)

 

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メビウス飛空挺団の軌跡 もちお @isshi

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