第6話 新たな任務

 コロニー帰還の初日から慌ただしさが絶好調だったメビウス飛空艇団は、そこから束の間の休息の日々を過ごしていた。


 基本的に彼女たちの仕事は不定期でその内容も様々だ。

 コロニーの資源を調達するために数日だけ地上に降りることもあれば、魔物の討伐や他のコロニー同士の争いを調停するために長期に渡って遠征することもある。


 また飛空艇を使うことだけが彼女たちの仕事ではなく、コロニーにいる時でも土木作業などの力仕事を頼まれたり(主にリリック)、ユリイカの未来を担う子供達に学問の指導やエーテル術の使い方を教えることもあるのだ。


 そしてそんな多種多様な任務をこなすメビウス飛空艇団の今度の任務は……


「は? 『樹海都市』の調査だって?」


 いつもの装備を整え、デッキ内に集まった団員たちに向かってアイリスが告げた言葉に、リリックが顔をしかめながら聞き返す。

 その表情にはハッキリと、『テメェ頭おかしくなったのか?』といわんばかりの不満が滲み出ていた。


 しかしそんなリリックを前にしても、副団長は表情一つ変えぬまま言葉を続ける。


「ええそうよ。つい先日、ナムラ様から正式に調査依頼の任務を承ったわ」

「おいおい樹海都市っていえば、この世界で最も負のエーテル濃度が高くて足を踏み入れただけでお陀仏になる場所じゃなかったのかよ?」


 すぐさま反論の言葉を口にするリリックに同意するかのように、他の団員たちの表情が曇る。


 樹海都市。

 

 かつてまだこの世界で科学文明が繁栄していた頃、エーテル界の謎を解き明かすための研究施設があった都市であり、また同時に二つの世界を崩壊へと導く厄災の元凶ともなった場所だ。

 この星の各地に存在する樹海都市は、五百年経った今でも異界から変異した負のエーテル粒子を多量に招き入れていて、元々この地上にいた動植物はおろかエーテル界に住まう生き物でさえ生息できぬほどに汚染されてしまっている。

 代わりにそんな場所に巣食うのは、都市を飲み込むほどに急成長を続ける樹海と、そこに潜む魔物たちだけだ。


 まさに文字通り、『死地に向かう』という言葉がピッタリと当てはまる今回の任務。

 本来であれば樹海都市は禁忌指定の場所とされていて立ち入ることができない上、負のエーテル粒子が濃霧のようになっていて近づくことすらできない。


 そんなことは飛空艇乗りであれば誰もが知る常識のことで、ましてや見識が広いアイリスにとってはそこに向かう危険度も百も承知なのだが、それでも彼女は落ち着いた口調のまま話しを続ける。


「樹海都市はこの世界が崩壊を続ける元凶となっている場所。もしも実際に訪れることができたとしたら、崩壊を止める為の手がかりが見つかるかもしれないわ」

「い、いやまあそうかもしれないけど……でもさアイリス、さすがに危険区域に指定されてる場所に飛び込むのはマズいんじゃない?」


 アイリスの話しを聞いて不安げな表情を浮かべていたコルンが思わず尋ねる。

 その疑問に、彼女の隣でユーニを抱きかかえながら立っているシズクも口を開いた。


「私もコルンの意見に賛成かな……。負のエーテルは人間よりも獣人のみんなの方が影響を受けやすいって聞いたことがあるし」

「ほーらみろアイリス、コイツらもこう言ってるぜ。どうすんだ?」


 なぜか勝ち誇ったかのようにそんな言葉を発するリリックに、副団長は少し呆れたように息を吐き出す。


「その心配はいらないわ。それに今回の任務は……リリック、あなたが原因みたいなものよ」

「は? なんでだよ?」

 

 突然思いもよらぬ方向から反論を受けてしまい、リリックが不機嫌そうに眉根を寄せた。

 するとアイリスは彼女の顔を見つめたままそっと目を細める。


「今回樹海都市の調査が可能になったのは幻影雲の流れが変わったことが大きな要因になっているわ。幻影雲が近づく場所は地上に漂うエーテルを雲が巻き上げて吸い取ってしまうから一時的に濃度が下がるのよ。つまり、どこかのお馬鹿さんが無理やり幻影雲に突っ込んで王魔獣に喧嘩を売ったことが原因ってことね」

「……」


 アイリスの話しを聞きながら思わず苛立った表情で相手の顔を睨みつけるリリック。

 けれども自分が原因だと指摘されてしまうと、彼女としても反論の余地がない。


「でもさでもさ、もし本当に樹海都市に入れたとしてもあそこって魔物よりもタチの悪いやつが棲んでるって噂じゃなかったっけ?」


 エーテル濃度の件は解消されたとはいえ、地上の中でも最も危険なエリアとされる場所に足を踏み入れることに対してつい弱腰になってしまうコルン。

 するとそんな彼女とは対照的に、今度は明るく力強い幼女の声が響く。


「ユーニは怖くないよ! もしわるいやつが出てきてもユーニがみんなを守るから!」

「ふふ、ありがとうユーニ。さすが立派なメビウス飛空艇団の一員ね」

 

 幼いユーニの勇気ある発言と姿勢に、アイリスがふっと優しい笑みを浮かべた。

 そして彼女はチラリと他の団員たちの様子を伺う。


「たーっ、わかったよ! やりゃーいいんだろやりゃ! 樹海都市だろうが幻影雲だろうがどこでも突っ込んでやるよ」

「わ、私だって別に怖いわけじゃないよ! 任務だったら仕方ないっていうか、やるしかないっていうか……」

 

 アイリスの無言の問いかけにぶっきらぼうに返事を返すリリックと、おどおどとしながらも決意を表明するコルン。

 その隣で力強く頷いているシズクも、どうやら二人と同じく覚悟は決まったようだ。

 

 そんな団員たちの姿を見てアイリスも納得したように静かに頷くと、今度は飛空艇の搭乗口に向かって一歩踏み出そうとした。


 と、その時。デッキ内に突如ハスキーな声が響く。


「ちょっと待ちな、メビウスのガキども」

 

 突然聞こえてきた力強い老婆の声に、アイリスがぴたりとその足を止める。

 そしてデッキ内の出入り口の方を振り返ると、そこにはアラクネとミントの姿が。


「今回は飛空艇技師も一人同行させてもらうよ」

「げっ、まさか……」

 

 勇ましく立つアラクネの口からそんな言葉が飛び出した瞬間、思わず顔をしかめてしまったリリック。

 するとそんな彼女のことを鋭い目つきで睨みつけたアラクネがすぐに口を開く。


「同行するのはこのミントだよ。それともワシの方が良かったかリリック?」

「え、いやそれは……」


 結構です。なんてことを口にすればその手に握られているトンカチがすぐさま飛んでくることがわかっているリリックは、続く言葉をぎこちない笑みで誤魔化した。

 そんな彼女の姿を見て、「ったく」と不機嫌そうな声を漏らしたアラクネは、八本ある腕の一つを動かしてポンとミントの背中を叩く。


「この子はまだ幼いが弟子の中では一番優秀だ。それに体術も多少心得てるからお前らの足手まといになることはないだろう」


 師匠からお墨付きをもらったミントは、ふんと小さく鼻息を漏らすとそのまま一歩前へ出てペコリとお辞儀をする。


「助かりますアラクネさん。長期任務となれば万が一飛空艇に支障が出た場合、私たちだけでは対処が難しいので」

「ふん、お前さんがもっと上手く飛べるようになればいいだけの話しだ」


 まあそれでも昔に比べると少しはまともになったがな、と素っ気ない態度ながらもアイリスの腕を認めるアラクネ。

 そんな言葉を受け取った彼女は、「ありがとうございます」と言って微笑みを浮かべる。


「ああそれと樹海都市に近づくなら他の飛空艇団にも気をつけなよ。あんなところに入れるなんて滅多にない機会だ。どうせろくでもないことを考えてる連中もやってくるだろうしね」


 アラクネからの忠告にアイリスは「はい」と静かに頷くと、再び団員たちの方へと視線を向けた。


「もちろん今回の任務も全員無事に帰ってくることが一番の目的よ。自分勝手な行動や、無謀なだけの自己犠牲を行う者はこのメビウス飛空艇団に必要ないわ。全員それだけはしっかりと肝に銘じておくように」

 

 わかったかしら? と声音を強めたアイリスに、「「了解!」」と声を揃えて返事を返す団員たち。


 そして彼女たちは己の使命を果たすために、飛空艇メビウスの搭乗口に向かって力強くその一歩を踏み出したのだった。

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