メビウス飛空挺団の軌跡

第24話 元凶

　地下に広がる巨大なステーションでは、途切れることなくいくつもの閃光と斬撃音が走っていた。

　その一つひとつが激しい火花を散らし、烈風のような風圧を生み出し、その度に辺りの景色を変えていく。

「しつこい野郎だなッ！」

　火虎との共闘にも関わらず、それでもなお刀一本で接戦を繰り広げてくる相手にリリックが思わず声を張り上げる。直後、目の前に迫った黒刀の刃を彼女は大剣を構えて迎え撃った。

「ハァァーーッ！」

　二つの刃が拮抗し、ぎりりと鈍い音を立てながら互いの命を狙い合う一瞬、今度は頭上から炎の巨爪が迫っていることに気づいた男が咄嗟にリリックから距離を取る。

「さすがに厄介だな……」

　刀を構え直し、目の前に並ぶ相手を睨みつける男。

　対するリリックも再び大剣を構えると、次の一撃を放つためのタイミングを伺う。――と、その時。

「――ッ！」

　突如自分たちの遥か頭上から強大なエーテルを察知した二人が、思わずその動きを止めた。

「このエーテルはユーニの……」

　ハッとしたような表情を浮かべながら頭上を見上げるリリック。アイリスからの索敵が途絶えて仲間の安否がわからなくなっていた彼女だが、確かにユーニのエーテルを感じることができ思わずニヤリとした笑みを浮かべる。

「はっ、どうやらアイツらも無事みたいだな」

「……」

　安堵の表情を浮かべるリリックとは反対に、ユーニが放つ異常なまでのエーテル量を感知した男の顔はさらに険しさを増した。

「……貴様の仲間にも、悪しき種が混じっているようだな」

　ぼそりとそんな言葉を漏らした直後、男はリリックと距離を取りながらも刃を横薙ぎに放つ。

【幻刀流・風流（ふうりゅう）一閃（いっせん）】

　男が技を放った瞬間、横一直線に生み出された疾風の刃が相手を真っ二つにせんと襲い掛かった。

「火虎ッ！」

　咄嗟に相棒の名前を叫んだリリックは火虎と共に大きく跳躍し、相手が放った一撃を躱す。そして彼女はそのまま燃え盛る野獣の背中へと飛び乗った。

「こんなところでいつまでもチンタラやってる場合じゃねえな」

　仲間が生きていることがわかったとはいえ、ユーニが泣き出すような状況になっていることに危機感を感じた彼女は、一刻も早くこの戦いを終わらせようと大剣にエーテルを注ぐ。

【属性展開・灼熱の爆炎魔】

　リリックが術を展開した瞬間、彼女が握りしめる大剣の刃がまるでマグマのごとく赤い光を帯びて熱を放つ。

　そしてその直後、彼女を背中に乗せた火虎が男に向かって飛びかかった。

「ハァァァーーッ！」

　火虎と共に男へと接近したリリックは、そのまま相手に向かって勢いよく大剣を放った。その一撃を男が黒刀で防いだ瞬間、刃の紅い輝きが急速に増していく。

「――ッ！？」

　異常なまでの熱量を察知した男が急いで後方へと飛び退いた直後、彼の目の前で凄まじい爆炎が巻き起こる。

「熱と爆発か……」

握りしめた刀の先、高熱によって溶かされた刃先を見つめながら男が煩わしそうな声音で呟く。

　するとその直後、目の前で燃え盛る炎の中から火虎に跨ったリリックが再び現れる。

「まだまだァッ！」

　灼熱の大剣を構え、勢いよく現れた彼女は、男に向かってまたも強烈な一撃を繰り出した。

「ちっ」

　触れるだけで大爆発を起こす厄介な一撃を前に、男は舌打ちを鳴らすと今度は刀を使わずに跳び避けて回避。

　けれどもそんな相手を火虎は俊敏な動きで捉えると再び急接近していく。

「ハァァッ！」

　男がどれだけ大剣の刃から逃げようとも、リリックは獲物を追う虎のごとく連撃を続けていく。

　その度に彼女の一撃からは爆炎が生み出され、気づけば辺りは激しい炎に包まれていた。

「……これではどちらが野獣かわからんな」

　ゲートを抜けて大樹の根元までやってきた男が、リリックの剣撃によって火の海と化した駅内を見渡しながら呟いた。ほとんど逃げ場を失いながらも彼の表情にはまだ余裕があり、それどころかこの死闘を楽しんでいるかのようにも見える。

「やっと追い詰めたぜ」

　ゲートの真下で燃え盛る炎の中から火虎に乗ったリリックが現れ、逃げ場を無くした男に向かって剣先を向けた。

「これで奈落の亡霊も終わりだな」

「……」

　不敵な笑みを浮かべながらそんな言葉を口にするリリックに、男はただ黙ったまま彼女の姿を見つめる。

　するとその直後、リリックが握りしめる大剣の刃が一段と強い光と熱を帯びたかと思うと、彼女は目にも止まらぬ速さで火虎の背中から飛び出した。

「――ッ！」

　一瞬にして自分との距離を詰めてきた相手に、男は咄嗟に姿勢を低くすると右足に力を込めて真横に飛び退く。直後、リリックが放った横薙ぎの一撃は大樹の根元を大きく切り裂き、熱によって溶けた根っこがずるりと焼け落ちた。

「くそッ、しぶとい野郎だな」

　渾身の一撃を素早い身のこなしで回避した相手を、リリックが鋭い目で睨みつける。

　すると相手は、何故か呆れたように小さく息を吐き出した。

「貴様こそ大した奴だな。その力、もはや身体の方は限界だろう？」

「……」

　男の鋭い指摘に、リリックの表情に険しさが増す。

　確かに彼が言う通り、獣人解放は莫大なエーテルと強力な術を扱えるようになる反面、身体的な負担は計り知れない。彼女はそれを肉体強化することによってカバーしているが、結局のところ一時凌ぎにしかならないのだ。

　それでもリリックはそれを承知の上で、男に対して強気な口調で言う。

「はっ、アタイにはテメェを倒してこの先にある門とやらをぶっ潰さないといけない大事な役目があるんだよ！」

　 再び大剣を構えて、そんな言葉を発するリリック。そして彼女が、次こそは決着をつける為にとありったけのエーテルを大剣へと注ぎ込んだ時だった。

　その膨大な熱量によってまたも大樹の根元が焼け落ちた瞬間、その向こうに現れた光景にリリックが思わず目を見開く。

「なっ……」

　驚きのあまり大剣に集めていたエーテルを解き、男に対する殺気でさえ一瞬忘れてしまうリリック。

　するとそんな彼女の姿を見て、かつての厄災を知る相手は落ち着き払った声で言う。

「どうした獣人の女……門と聞いてこの先に扉でもあると思ったのか？」

　男の問いかけが耳に届くも、リリックはそれでもま呆然としたまま言葉を発することができなかった。

　大樹の根元の向こう、切り開かれた場所から現れたのは、彼女が思っていたような研究施設や門などではなく……

「獣……人？」

　狼狽えるような声でぼそりとそんな言葉を漏らすリリック。

　彼女の視線の先に映ったのは、一際大きな大樹の根っこに身体を取り込まれている一人の少女の姿。

　まるで眠っているかのような表情を浮かべているその少女には、リリックたちと同じく獣耳が生えており、さらには鹿の角のようなものまで存在していた。

　まったくもって予想もしなかった展開に、リリックは目の前の光景に釘付けになったままゴクリと唾を飲み込む。

「それが……厄災の『元凶』だ」

「……」

　男が告げた言葉を聞きながら、リリックはゆっくりと少女の方へと近づいていく。もはや救いようがないほどに大樹の根元によって身体を蝕まれているその少女は、リリックが目の前にやってきても目を覚ます様子はない。

　それでも彼女が少女を助けようと大剣を構えた瞬間だった。突如背後から殺気を感じたリリックは慌ててその場から飛び退く。

「無駄だ。そいつはとうの昔に死んでいる」

「ちっ……」

　風の刃を間一髪のところで避けることができたリリックは、着地と同時に男のことを睨みつける。

　すると相手はそんなリリックの視線など気にする様子もなく、今度は目の前にいる少女を見て憎々し気に目を細めた。

「かつてはこの国の神の一つとして崇められていたはずの存在がこの有様か……」

　男はそんな言葉をぼそりと口にすると、リリックに代わり少女へと近づいていく。

「おいッ！　そいつが厄災の原因ってどういうことなんだよ！」

　この状況がまったく理解できないリリックが男に向かって叫んだ。すると相手が呆れたように息を吐き出す。

「見ての通りだ……こいつはかつてこの国に初めてやってきた獣人で、今も世界に広がり続ける樹海の種となっている一つ」

　つまり……、と男はそこで言葉を止めると、リリックのことを鋭く睨みつける。

「貴様ら獣人こそが、厄災そのものだということだ」

「くっ……」

　あまりにも殺気だった強い口調で過去の歴史の真実について告げられてしまい、リリックが思わずその口元を歪める。

　今もこの世界に厄災をもたらし続けている樹海の存在。そして、その要因となっているという目の前で眠っている獣人の少女……

　世界を股にかけて樹海の謎と歴史の真実を追求し続けてきたメビウス飛空艇団のリリックといえど、想像もしていなかった事実を前に思わず続く言葉を失ってしまう。

　するとそんな彼女の目の前で、男が刺青の入った左手を少女へとかざす。

「そいつをどうするつもりだ？」

　険しい口調で尋ねるリリックに、男はただ冷淡な態度で答えた。

「どうするも何も……我々はただ、この世界を取り戻すだけだ」

　そう言って男が自分の左手にエーテルを集め始めた時だった。大剣を構えたリリックがすかさず男へと飛びかかる。

「させるかよッ！」

　相手が術を発動させるよりも前にリリックの大剣が男へと届き、彼は咄嗟に黒刀の刃でそれを防ぐ。そしてすぐさま反撃へと移ろうとした時、突如激しい揺れが二人を襲う。

「――ッ！」

　まるで空間そのものを壊そうとするかのような強大な地響きに、刀を交えていた二人は咄嗟に離れると辺りを見回す。

「な、なんだよッ！？」

　突然の出来事に動揺した様子で声を上げるリリック。揺れはまったく収まる気配がなく、足元には亀裂が走り始め、頭上からはバラバラと天井が崩れ落ちてくる始末。

「ちっ、すでに覚醒期に入っていたか……」

　男はそう言って鋭い目つきで獣人の亡骸を睨みつけた後、今度はリリックに背を向けると落ちてくる瓦礫を足場にして地上へと向かい始めた。

「逃すかよッ！」

　すかさず火虎に飛び乗ったリリックは、小さくなっていく男の背中を追う。

　そして彼女は相手を見失う前にと、大剣の刃に炎を宿して落ちてくる瓦礫もろとも全てを灰と化そうとした、まさにその時――

【実刀・クサナギノマサムネ】

　目の前の男が、腰に携えた刀を抜いた直後だった。頬にわずかな風を感じたリリックは、「え？」と無意識に声を漏らす。そしてその瞬間、足元の景色を見た彼女は思わず呼吸を止める。

「なッ……」

　驚きのあまり目を見開く彼女の視界に映ったのは、まるで巨人の刃を喰らったかのように真っ二つに裂けているステーションの姿だった。そのあまりに埒外な一撃に、衝撃を受けたリリックの刃から炎が消える。

「……」

　頬に伝う血にも気づかず、今まで自分が手加減をされていた事実にただ呆然とするリリック。

　するとそんな彼女の耳に、暗闇へと去りゆく相手の声が再び聞こえた。

「俺の名は『柳生（やぎゅう）天閣（てんかく）』。……また会おう、獣人の女」