3−2 続 大人の会話は意外としょーもない

 榊は阪神西宮駅から歩いて5分のところにある餃子専門の飲み屋で人を待っていた。こちらは阪神大震災前から続く飲み屋街。国道171号線を挟んで向かいにある小さな風俗街と棲み分けが出来ており、老若男女活気がある。十日えびすの時はこれら飲み屋がこぞって屋台を出す事でも地元に愛されている。

「ボス、待った?」

 と、餃子居酒屋には少し似つかわないイブニングドレスに身を包んだ金髪の外国人女性がネイティブな関西弁イントネーションで榊の席に座る。

「いや、いまきたところ。BBもビールでいい?」

 品数が少ないこの店は味で勝負をしている。「ビールで、面倒だからジョッキ二つ」

 お代わりを頼むのが面倒だという彼女は一杯目をきゅっと飲み干して、二杯目をゆっくり口にする。『鉄腕』と異名を持つブリジット・ブルー。宮水ASSのエースである彼女を榊が呼んだ理由。

「ハリマオ会依頼?」

 彼女の右腕は金属の義手。それで普通の腕のように、手のようにジョッキを握り「うまっ!」とビールを楽しむ。

 榊も小さめの餃子を一つ摘まむとそれを口に放り込みビールで流す。成人同士の話し合いは酒の席で行えるのはいい。厄介ごとの仕事の話なんて酒でも飲みながらじゃないとやってられない「うん、そうそう。自分とブリジットでね」

「ぶっきーはまぁええけど、クロはいらんの?」

「新人教育という事で」それを聞いてブリジットがぐっとビールを飲み干す「クロに新人教育ねぇ、それヤバない? できひんやろ?」

と餃子を二つ同時に食べてビールで流す。手を挙げて、おススメの唐揚げという物をブリジットは注文し、同時にビールのお代わりを所望した。一人で来ている常連客の中年男性は榊とブリジットをちらりと見て、若い夫婦か何かかと視線をそらす。

「ギャラは?」当然、人間が動くので人件費がかかる。ブリジットの質問に榊は分厚い封筒を差し出した。「とりあえず100」

「いいねぇ、新人歓迎会が食べ放題じゃない焼肉で行えるやん」もちろんこのギャラはブリジットの取り分。

「一応会社の取り分として900ある。そこから歓迎会費用は捻出するから、それをブリジットがどう使うかは君の自由。車等の足も必要な物もハリマオ会で用意してもらえるから、何事もなければ割りはいい」

「何事もなく終わると思う?」大きな葉巻を取り出したブリジットは葉巻カットがないので嚙みちぎって火をつける。キューバ産の質の良いタバコをくぐもらせるブリジットに、

「こんな店で葉巻はやめようか」

「シガレットも電子タバコも似たようなもんやん。誰も気にしーひんよ。ボスくらいちゃう? そんな事より、とりあえず100って事は他になんかあれば上乗せされってかんがえてたらオケ? 芸術品の護衛なんてウチらの仕事ちゃうしさ」

「尼、芦屋が絡んできたら倍出すよ」

「妥当なところやね。でも、そうなるとクロはいるんちゃう?」

「その時はその時で新人の冬雪くんにも現場研修を」

「あはは! そらアカンて! おもろいわ!スラム街を裸の美女が歩く事を研修とは言わなんよ。そんなん罰ゲームやん! この前、クロにぶっきー襲わせたんボスやろ? ぶっきー結構凹んどったで。今まで鍛え上げた武術やらが何の役にもたたんかったから」


 葉巻を灰皿に置くと、勝手に火が消えるのを待って飲みかけのビールを処理する。そして飲み物を注文。「バイスサワーもらえる?」仕事の話はこれで大体終わったが、切り上げるつもりがないブリジットに付き合うように榊もビールをもう一杯お代わりする。同時に先ほど注文してた唐揚げが運ばれてきたので、それをつつきながら、あちあち言っているブリジットを眺める。鉄腕の猟犬と呼ばれていた彼女。揚げたての唐揚げをアチアチと格闘しているやや童顔の美女が、まさに肉食の猛獣の如し戦闘能力を宿しているとは思うまい。フリーのバウンサーとして芦屋に流れてきたそんな彼女を榊がスカウトして今にいたる。

 元々は米軍の特殊部隊出だという彼女は銃の扱いも刃物の扱いも大したものだった。そして殺しの技術を含む戦闘能力もガチンコだと榊も勝てるかは分からない程に研鑽されている。ずっと榊一人の宮水ASS最初にして最強の従業員。

「どしたんボス?」年齢にして二十四だったか? 二十二だったか? 身長も米国平均の160センチメートル程、元々長いブロンドの髪をしていたが、宮水ASSに入る際にショートカットにイメチェンしてきたのも相まってやや幼い印象を周囲に与える。「いや、年齢確認されなくなったなと」

 少し前までは年齢確認を毎度されていたが、さすがに常連に何度も年齢確認をする程失礼な事はない。そういう背景があるのだが、

「( ^ω^)・・・ボスそれはウチが老けたと?」据わった目で榊を見つめるブリジット。

「いや、純粋なアメリカ人だったのにもうこの街になれたんだなぁと、言葉遣いもなんか俺よりこっちの人だし、ブリジットはまだ全然若いよ。なんなら十代でまだ通るさ。だから、シースナイフを抜くをやめよう!」


 ハンドバックに隠し持っているナイフを戻し「冗談やって」

「絶対半分以上本気で殺るつもりでしょ」

 榊は焦りながらそう笑う。どんな時でも仕事モードのブリジット「この仕事を終えたらおいおいクロと冬雪くんに実働部隊はメインとして動いてもらってもいいんだけど、ブリジット、君は君で現場を駆け回るのが好きだろう? クロもまだまだ常識を教えないといけないし、冬雪くんの面倒もクロ一人だと心配だ」

「教育料取んで?」これも半分以上本気で言ってるなと榊は思う。「一応、ブリジットの支払いは他の二人、今後は三人より高いんだから込みだよ込み」

「そりゃボス。そうですか! でウチも納得はせーへんで!」


 真っ赤なバイスサワーを飲み干すと同じ物をすぐに注文するブリジットは笑う。

「嘘や嘘! まぁ、クロはあれとしてぶっきーは死なないようには育てなな!」

 ブリジットが最後の唐揚げにレモンをかけて頬張る。丁度注文した料理が底をついたので、


「ひと段落ついたけどまだ飲み食いするかい?」


 そう榊に言われ、唐揚げをバイスサワーで飲み干すと、口元を上品に拭く。


「ここはもういいわ。隣でたっかいワインのも! ロストチャイルド入ったってlineきてん!」

「ワインか、明日から護衛の仕事だから飲みすぎないでよ?」


 そう言って二軒となりのワインバルへと行く二人。高級ワインが飲めるからと、テンションの高いブリジットは榊の腕を組んで引っ張る。

 榊は一体どの程度、ブリジットが飲むだろうかと、これ以上は経費に回せない事を少しばかりげんなりしながら付き合う。

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