出勤日2

2−1 選ばれし国民芦屋市民

「えっ? よく聞こえませんでしたが?」とお気に入りのワンピースを着てロイヤルコペンハーゲンのカップでムレスナのフレーバーティーを飲む木花咲耶白亜このはなはくあは、殺しの依頼を受けていた暗殺対象が西宮から尼崎に入ったところで消息を絶ったという報告を聞いて眉間に皺を寄せていた。JR芦屋駅から車で十分程の距離にある自宅の広い庭で日課のティータイム中だったのに台無しになった。

 

「まぁいいわ。お座りなさい。殺ったのはどこのクソッタレですの?」

「宮水ASSかと」

「…………またクロ?」

「恐らくは、武庫川手前の暗い道で拉致されるように歩いていたのかもしれません」そう報告する部下の二階堂にも白亜は同じフレーバーティーを淹れる。「まぁ飲みなさい」

「頂きますお嬢……いえ、社長。依頼主にはいかが報告しますか?」

「依頼料の全額返金、そして復讐は成就されたとお伝えなさい。後ほど私も謝罪に参りますと」スコーンを半分に割って口に放る。

「六麓HSの名前を落とすようなことをしてしまい誠に申し訳ございません。この件は必ずクロを……」

「おやめなさい。あれは二階堂では殺せないわ。忌々しい西宮に匿われているし」

 

 白亜は部下である二階堂が喫煙者である事を知って、座るように促すと、灰皿も用意する。「まぁひとまずお疲れ様」と仕事の失敗に苦言を言われるわけでもなく、労いの言葉までかけられ情けない。

 兵庫県芦屋市は殺し屋の宝庫、それもハンティングと称して莫大な資産を持った資産家達が同じく莫大な資産を持った者から殺しの依頼を請け負う。それが日本最大級の高級住宅街として知られる小さな市の正体。


「そういえば」


 “ハリマオ会招集辞令“という手紙を白亜は見せる。それをつまらなさそうに見て、二階堂に渡す。「いってらっしゃい」

「次はなんの依頼ですかね? 上級国民の殺しとかなら勘弁してほしいですが」

 

 隣の西宮市、西宮市の隣の尼崎市などの零細裏家業なら喉から手が出る程の仕事かもしれないが、「お小遣いはあなたにあげるわ」という程度の微々たる報酬しか支払われない。「阪神間協定には芦屋市でも逆らえないですからね」

「私の方はカリフォルニアから知人かくるからその相手をしないと」

「殺しの依頼ですか?」白亜は二階堂の咥えたタバコのフィルター手前までピシッと切り裂く。「友人の接待よ。向こうの大手ワイナリーの姫、日本酒を飲みたいってこっちまで」

「あぁ、酒蔵ルネッサンスの時期ですね」

「そうよ」少し、イラだった顔をする白亜。「西宮に御用ですか」

「そこに連れていければ、間違いなく宮水ASSの連中に出会うでしょ? あそこでは殺したくて仕方がなくても殺せない。ご馳走を前にお預けされた猫みたいな気持ちよ」

「誰か、他の方に酒蔵ルネッサンスに案内してもらうようにご依頼はできないんですか?」

「二階堂は馬鹿なの? 日本の友人を訪ねてきた遠方の友を忙しいとかの理由で断る事ができるのは西宮市民か尼崎市民くらいよ! 私は選ばれし芦屋市民。日本の象徴的市民なのだから、ベッキーの相手は私がするわ」

 

 胸に手を当てて、そう言う白亜。「そうですね。大変失礼しました」

「わかればいいのよ。殺しが早く終われば白鹿クラシックスで食事をするから二階堂もいらっしゃい」そう言って微笑む。「分かりました」「そういえば、お仕事道具の調達はどうなってるの?」白亜がそう聞くと、二階堂はスマホを取り出す。「この前、仰っていた重機関銃が明日、届きます」他従業員が、今晩密輸された仕事道具を受け取りに行く手筈になっているという。「そう、ぶっ放したいわね」

 

 恍惚の表情でそういった白亜。思い出したように、テーブルの鈴を鳴らす。「そういえば、この前殺しの依頼を受けていた国籍不明の不法入国者いたじゃない? 殺そうと思ったら、面白い話をしていたのよね。8枚目のゴッホのヒマワリがどうとか、だから殺さず、生かさずそのままにしていたのよ」

「えぇ……ご依頼者様には?」

 

 殺し屋は殺しをして報酬をもらう。しかし芦屋の殺し屋は殺しをハンティングとしてゴルフやテニスのように嗜む。だから失敗した際には……

 

「ご返金と殺害対象の買取で話をまとめたわ」

 

 お金の力という物は恐ろしい。殺し屋という仕事は最底辺の仕事。

 それは、この芦屋市以外の地域でのお話、白亜のように殺し屋家業を芦屋で行っている者は金持ち達の羨望。ほぼ全ての事を金で解決できるその力、その異質さも阪神間という特異点のような地域だから許される。檻の中に入れて連れて来させられた元殺害対象。虚な目で、二階堂を見ている中東系の若い成人男性。その男の目には希望はない。

 白亜に銃を向けられ、今まさに命を奪われようとしている。それも受け入れているようで、恐れもしない。そんな檻の中にいる男に白亜は銃をコトンと落とした。「この子の偽造パスポートの用意、名前はそうね……とりあえずロボなんてどう? 今日から従業員よ。消失した7枚目のひまわりの代わりに、それをいただくのも悪くないわね?」そう言って、再び紅茶をカップに注いだ。

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